お知らせ

氷期の南太平洋熱帯域の水温と塩分を定量復元〜IODP第310次航海で掘削されたタヒチ島サンゴ化石からの証拠〜

発表のポイント

● IODP(Integrated Ocean Drilling Program:統合国際深海掘削計画)(注1)の第310次航海において、タヒチの海底に眠る昔のサンゴ礁堆積物(注2)が掘削された。

● 約15万年前と約3万年前に生息していた貴重なサンゴ化石試料から、氷期(注3)における南太平洋熱帯域の水温と塩分の時系列データを取得することに成功。

● 氷期における熱帯域の海洋表層は、現在よりも3~4℃低く季節変化が大きいこと、塩分(実用塩分)が現在より約1高いことを明らかにした。これは、氷期には熱帯域の南太平洋収束帯(注4)が西方へ収縮し、亜熱帯高圧帯(注5)が拡大していた可能性を示す。

● 氷期の熱帯海洋表層の温度と塩分を定量的に示した初めての例であり、氷期という現在と大きく異なる地球環境下における気候変動の理解や気候シミュレーションモデルの検証に貢献すると期待される。



概要

東北大学大学院理学研究科の浅海竜司准教授、ブレーメン大学のThomas Felis博士、琉球大学の新城竜一教授、高知大学の村山雅史教授、東北大学・海洋研究開発機構変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)の井龍康文教授の研究チームによる研究結果が、「Climate of the Past」誌(オープンアクセス)の2025年12月号に掲載されました。



発表の内容

太平洋熱帯域の海洋は太陽放射の吸収により得た膨大な熱を中高緯度へ輸送し、エルニーニョ・ラニーニャといった時間・空間規模の大きい大気海洋相互作用の気候現象を生むため、気候学的・海洋学的に重要な場所です。長期の気候変動様式を理解するためには、現在の観測記録の解析だけではなく、現在と気候状態が大きく異なる「氷期」における海洋記録を掘り起こすことも重要です。しかし、氷期の熱帯海洋情報を提供する地質試料は極めて限られており、海洋堆積物と気候モデルが示す氷期の熱帯海水温には数℃の違いがあります。

IODP第310次航海では南太平洋熱帯域のタヒチ島において、海底に眠る昔のサンゴ礁堆積物が掘削されました(図1)。浅海准教授らの共同研究チームは、その航海調査で発見された、最終氷期の一つ前の氷期である153,000年前と148,000年前、最終氷期である30,000年前のサンゴ(ハマサンゴ:塊状の造礁サンゴ)の化石を分析しました(図2)。ハマサンゴの骨格中の化学組成は、過去の海洋環境を記録していることで知られています。サンゴ化石の場合、長い年月をかけて試料が変質し、当時の海洋記録が失われることがあります。研究チームは、試料の微細構造を高分解能で観察し、当時の状態のまま保存された良質な部分を特定することに成功しました。

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図1.タヒチ島沖で海洋掘削中の特定任務掘削船"DP Hunter"(©ECORD)


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図2.掘削されたコア試料と研究対象となったサンゴ化石(赤色矢印)


次に研究チームは、同位体・微量元素分析システムを用いて、サンゴの安定酸素同位体比(注6)(海水温と塩分の指標)とSr/Ca比(海水温の指標)を世界最高水準の精度と確度で分析し、1データあたり1〜2ヶ月という高時間分解能の海水温と塩分の時系列データを取得しました(図3)。さらに、現在のサンゴ礁に生息するサンゴの記録との比較から、氷期における海水温と塩分の年平均値と夏季と冬季の値を求めました。

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図3.現生・化石のタヒチ島サンゴの化学組成データ
(化石データは骨格成長方向に対して0.5 mmごとに分析。緑色:海水温を示すSr/Ca比、水色:計算により求められた海水酸素同位体比であり、塩分の偏差を示す。)


その解析の結果、氷期における海水温の年平均値は現在より2.8〜4.0℃低かったことが明らかになりました(図4)。季節別では、夏季の海水温は2.0〜3.7℃、冬季の海水温は3.7〜4.4℃低く、現在よりも季節変動が大きいことが示されました。氷期の塩分(実用塩分)は現在よりも約1高い値を示しました。現在のタヒチ島は、西太平洋の暖水塊(表層水温が28℃以上の領域)と南太平洋収束帯の東縁部に位置し、温暖で多雨な気候下にあります(図5)。本研究の解析結果は、氷期のタヒチ島が現在よりも低温かつ少雨の気候であったことを示しており、氷期には西太平洋暖水塊と南太平洋収束帯が西方へ縮小して、タヒチ島が亜熱帯高圧帯の影響をより強く受ける状況にあったと考えられます。本研究が示した氷期の海水温と塩分の復元値は、気候感度実験や気候モデルの検証に有用なデータとなり、氷期ー間氷期における気候メカニズムの解明に貢献すると期待されます。研究チームは今後、2023年のIODP第389次航海で掘削されたハワイ沖のサンゴ化石を解析し、氷期における南北太平洋の気候変動を明らかにしようと考えています。

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図4.復元された海水温データと気候プロキシデータとの比較
(A:グリーンランドと南極のアイスコアのデータ。気温変動を示す。B:タヒチのサンゴデータ。氷期には気温が低下し、氷床が発達することで全球の海水準が数十m〜百数十m低下する。本研究の結果(緑色)は、氷期に3〜4℃の海水温低下があったことを示す。)


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図5.現代における南半球の夏(上)と冬(下)の表層海水温分布
(白丸はタヒチ島の位置。西太平洋暖水塊(WPWP)、南太平洋収束帯(SPCZ)、熱帯収束帯(ITCZ)、乾燥・高塩分地域の平均的な位置を示す。)



用語説明

注1)IODP(Integrated Ocean Drilling Program:統合国際深海掘削計画):日米欧が中心に参加する、多国間による国際研究プロジェクト。掘削船を用いて浅海から深海までの堆積物などを採取し、地球環境変動や地球内部構造、地殻内生命圏などの解明を目的とした研究を実施する。
注2)サンゴ礁堆積物:サンゴや貝、有孔虫、石灰藻などの生物源炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とし、熱帯・亜熱帯の浅海域〜亜表層の海底に堆積して固結して形成された堆積物のこと。
注3)氷期と間氷期:第四紀(約258万年前〜現在)を特徴づける気候状態。北半球の氷床が発達した寒冷で乾燥した時期は氷期、現在のような温暖で湿潤な時期は間氷期と呼ばれる。最近の氷期(最終氷期)は約2万年前に終焉を迎え、その一つ前の氷期(Penultimate Glacial)は約135,000年前に終焉を迎えた。
注4)南太平洋収束帯(South Pacific Convergence Zone, SPCZ):西太平洋赤道域から南太平洋の熱帯域にかけて形成される大規模な収束帯。高水温領域で上昇気流が発生し、降雨をもたらす。
注5)亜熱帯高圧帯:緯度25度付近に形成される高気圧の領域で、南北方向の大気循環(ハドレー循環)による下降気流にあたるため、相対的に乾燥し高塩分の表層水が形成される。
注6)酸素同位体比:酸素の安定同位体16Oと18Oの量比を標準物質との千分率偏差(δ18<・sup>O)で表される。水(H2O)の酸素同位体比からは蒸発や降水などの水循環変動を、炭酸カルシウム(CaCO3)の酸素同位体比からはそれが形成された場の環境変化(温度や水の酸素同位体比の変化)を調べることができる。



謝辞

本研究は、JSPS科研費(JP26707028, JP 22H01291, JP 23K22562, JP 24K21560)の助成および、東北大学・海洋研究開発機構変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC; WPI: World Premier International Research Center Initiative)からのサポートを受けて実施されました。本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。



論文情報

タイトル:Penultimate glacial sea surface temperature and hydrologic variability in the tropical South Pacific from 150 ka Tahiti corals
著者名:Ryuji Asami*, Thomas Felis, Ryuichi Shinjo, Masafumi Murayama, and Yasufumi Iryu
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 准教授 浅海竜司
掲載雑誌:Climate of the Past
DOI  :10.5194/cp-21-2525-2025



問い合わせ先

東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
准教授 浅海竜司(あさみ りゅうじ)
TEL:022-795-6616
Email:ryuji.asami.b5[at]tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



東北大学 理学研究科・理学部