お知らせ

原始地球を模擬した実験でRNAを構築する一連の化学反応を実現:ホウ酸と脱水リン酸が豊富な海岸で原始RNAが誕生か

発表のポイント

● 最初の生命ではRNAがDNAとタンパク質の役割を果たしていたという説が支持を得ていますが、原始地球でどのようにRNAが生成したのかは大きな謎となっています。

● RNAの構成要素であるリボースと核酸塩基を、ホウ酸(注1)、リン酸化合物(注2)、火山ガラスの存在下で反応させることで、RNAを構築する一連の反応が実現できることを明らかにしました。

● この結果は、原始地球のホウ酸と脱水リン酸(注3)が豊富な海岸で、最初の生命を駆動したRNAが生成可能であったことを示しています。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

RNAはDNAを基にタンパク質を作り出す際に遺伝情報を伝える分子ですが、最初の生命ではDNAとタンパク質の両方の役割を果たし生命誕生に不可欠な分子であったと考えられています。しかし、RNAの材料分子からRNAを構築する化学反応がどこでどのように起こったのかは明らかになっていませんでした。

東北大学大学院理学研究科の平川祐太 大学院生(研究当時、現・海洋研究開発機構ポストドクトラル研究員)、米国応用分子財団のSteven A. Benner博士、東北大学大学院理学研究科の古川善博 准教授らは、RNAの構成要素であるリボースと核酸塩基をホウ酸、アミドリン酸、火山ガラスの存在下で反応させると、リボースリン酸(注4)、リボヌクレオチド(注5)を経てオリゴヌクレオチド(注6)が生成する反応が効率よく進行することを明らかにしました(図1)。この結果は、RNAへの化学進化につながる一連の反応はホウ酸が豊富な蒸発環境で進行したことを示唆するもので、生命誕生に不可欠とされるRNA生成の謎を解く糸口となる可能性があります。

本成果は、日本時間2025年12月 16日(火)午前5時公開の科学誌米国アカデミー紀要に掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

現在の生命は、DNAが遺伝情報を保持し、その遺伝情報をRNAに写し取り、それをもとにタンパク質を合成し、タンパク質が多くの生体反応を駆動しています。一方で、初期の生命はこのような複雑な仕組みを持っていなかったと考えられ、RNAがDNAとタンパク質の両方の役割を果たしていたとされる「RNAワールド仮説」が支持を得ています。この仮説に基づけば、原始地球でRNAが生成することが、生命の誕生に決定的に重要であったと考えられます。しかし、当時の地球でどの様にRNAが誕生したのかは明らかになっていません。従来の研究では、RNAを構築する複数段階の化学反応(図1)について、それぞれ別々の条件で室内実験が行われ、その生成が示唆されていましたが、それぞれの実験条件と原始地球環境との整合性が大きな問題となっていました。


今回の取り組み

本研究では、RNAの一番小さな構成要素であるリボースの生成と蓄積を助けるホウ酸が豊富に存在し、脱水リン酸とアンモニアが存在する環境で、RNAの構築に向けた種々の化学反応(リボースリン酸、ヌクレオチドおよびオリゴヌクレオチドの生成(図1))が起こるかどうかを検証しました。はじめに、脱水リン酸とアンモニアから生成するリン酸化合物とリボースからリボースリン酸が生成する反応に対して、ホウ酸の影響を検証しました。その結果、ホウ酸は反応の効率を大きく向上させることを明らかにしました。続いて、ホウ酸とアミドリン酸が存在する条件で、リボースリン酸と核酸塩基が反応してリボヌクレオチドが生成するかどうかを検証しました。その結果、ホウ酸は反応を阻害せず、リボヌクレオチドの生成反応が十分に進行するということを明らかにしました。最後に、火山ガラスとホウ酸が存在する条件でリボヌクレオチドが繋がったオリゴヌクレオチドが生成するかどうかを検証しました。その結果、この反応においてもホウ酸は反応を阻害しないことを明らかにしました。これらの結果より、ホウ酸が豊富な乾燥環境で、RNAを構築する一連の反応(リボースの生成および蓄積、リボースリン酸の生成、リボヌクレオチドの生成、オリゴヌクレオチドの生成)が可能であるということが示されました。

本研究によって、最初の生命を駆動したと推定されるRNAを構築する化学反応が、ホウ酸が豊富で、脱水リン酸と火山ガラスが存在する沿岸の蒸発環境で進行したことが示唆されました。このことは、原始地球で生命が誕生した場所を議論する上で重要な知見を提供します。


今後の展開

本研究では、ホウ酸が豊富な沿岸の蒸発環境でRNAを構築する反応が進行しうることを示しましたが、最終生成物のオリゴヌクレオチドと生体内のRNAとの間にはまだギャップがあります。原始地球の沿岸蒸発環境は共存イオンや乾燥条件など多様な環境が考えられます。本研究で十分に考慮できていないこれらの影響を今後の研究で明らかにしていくことによって、機能的なRNAを原始地球条件で合成できる可能性があります。今後、同様の環境におけるRNAの化学進化、さらには生命への進化を研究することで、生命の起源の解明に大きく近づくことが期待されます。



用語説明

注1. ホウ酸
ホウ素の酸化物で陸上の温泉水などに多く含まれる。リボースと複合体を形成して安定性を向上させる効果が知られる。
注2. リン酸化合物
この研究では、アンモニアとリン酸が結合したジアミノリン酸をさしている。火山の噴気などに含まれる脱水リン酸とアンモニアが反応して生成される。
注3. 脱水リン酸(トリメタリン酸)
リン酸が加熱によって脱水し、3分子が環状に結合した分子。
注4. リボースリン酸
リボースとリン酸が結合した分子。ヌクレオチドの直接の前駆体となる。
注5. リボヌクレオチド
RNAの構成単位で、リボースにリン酸と核酸塩基が結合した構造を持つ。
注6. オリゴヌクレオチド
ヌクレオチドが複数個繋がった分子で、より長く繋がるとRNAとなる。



謝辞

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(JP21J22596)、東北大学変動地球共生学卓越大学院プログラムの支援を受けて行われました。



20251216_10.jpg

図1. 本研究で明らかにしたRNAを構築する化学反応経路


20251216_20.jpg

図2. 本研究から推定されるRNAを構築する反応が起こった海岸環境の模式図



論文情報

タイトル:Interstep compatibility of a model for the prebiotic synthesis of RNA with Hadean natural history
著者:Yuta Hirakawa*, Hyo-Joong Kim, Yoshihiro Furukawa, Clay Abraham, Tzu-Wei Peng, Elisa Biondi, Steven A. Benner*
*責任著者 海洋研究開発機構 ポストドクトラル研究員 平川祐太
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
DOI:10.1073/pnas.2516418122



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
准教授 古川 善博(ふるかわ よしひろ)
TEL:022-795-3453
Email:furukawa[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



東北大学 理学研究科・理学部