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惑星磁気圏におけるコーラス放射の共通性を実証!水星磁気圏探査機「みお」と地球磁気圏尾部観測衛星GEOTAILによる惑星磁気圏比較の成果
水星磁気圏探査機「みお」(右)と地球磁気圏尾部観測衛星GEOTAIL(左)によるコーラス放射の協調観測イメージ図
Credits:
水星画像: NASA / Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory / Carnegie Institution of Washington
ベピコロンボ探査機画像: ESA
地球画像: NASA
金沢大学理工研究域電子情報通信学系の尾崎光紀准教授、八木谷聡教授、松田昇也准教授、学術メディア創成センターの笠原禎也教授、東北大学大学院理学研究科の笠羽康正教授、京都大学生存圏研究所の大村善治特任教授、マグネデザイン株式会社の疋島充氏、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所の村上豪助教、プラズマ物理学研究所(フランス)の共同国際研究グループは、水星で観測された電磁波現象のコーラス放射が、地球磁気圏(地球の磁場が支配する宇宙空間の領域)で長年観測されてきたものと類似した周波数変化の特徴を持ち、惑星間での電磁波現象の共通性があることを明らかにしました。
2021~2025年の6回にわたる水星近傍での観測において、JAXA(宇宙航空研究開発機構)とESA(欧州宇宙機関)の国際水星探査計画「BepiColombo」による水星磁気圏探査機「みお」(※1)に日欧共同チームで搭載した電磁波観測装置(PWI。主任研究者:東北大・笠羽教授)は、水星の磁気圏において可聴域の周波数で発生する自然電磁波を複数回検出してきました。今回の成果は、地球磁気圏尾部観測衛星GEOTAIL(※2)による地球磁気圏の長期観測データとの比較により、この水星で観測された自然電磁波が、地球で観測されるコーラス放射と同じく「瞬時的な周波数変化」を示すことを、初めて高い信頼性で検証した点にあります。GEOTAIL衛星は1992年の打ち上げ以来、30年間にわたり地球磁気圏のコーラス放射のデータを蓄積し、この電磁波現象によって活発なオーロラの基になる激しい電子の活動を明らかにしてきました。本研究は、この電磁波現象に伴う激しい電子の活動が他の惑星でも起きることを示す初の事例であり、太陽系内の惑星が起こす電磁波やオーロラ現象の理解を飛躍的に進展させることが期待されます。
本研究成果は、2025年12月1日に国際学術誌『Nature Communications』にオンライン先行公開(Article in Press)されました。
【研究の背景:地球磁気圏研究から水星プラズマ環境理解へ知識の橋渡し】
コーラス放射は、磁気圏内の電子が電磁波と共鳴することで発生する電磁波現象で、地球では高エネルギーのプラズマが集まる放射線帯の形成と消失に関与することが知られています。このコーラス放射は、可聴域の周波数が上昇・下降する特徴を持ち、小鳥のさえずりのような音が無線通信に紛れることで知られるようになった電磁波現象です。電磁波の周波数によって影響を受ける電子のエネルギーが決まるため、宇宙天気予測や人工衛星の放射線防護において、コーラス放射の周波数特性を理解することは極めて重要です。
GEOTAIL衛星は日米共同で1992年に打ち上げられ、オーロラの源となる地球磁気圏の尾部(地球半径の約10倍より遠い領域)を30年にわたり詳細に観測してきました。GEOTAIL衛星の観測成果には、コーラス放射の発生条件、空間分布、周波数特性などに関する貴重な知見が含まれ、地球を包む宇宙空間の理解に大きく貢献しています。
一方、水星は地球に比べて磁場が約100分の1と弱く、その電磁波現象は未探査でした。しかし、水星磁気圏探査機「みお」による観測で、可聴域の周波数において発生する自然電磁波が複数回検出されてきました。この電磁波がコーラス放射である場合、厚い大気を持たない水星がその近傍に100 eV以下の低エネルギー電子(冷たい電子(※3))を伴うことを示唆します。しかしながら、この電磁波が地球のコーラス放射のような「小鳥のさえずり」を示すかどうかは未確定でした。今回の成果は、この水星の電磁波が地球のコーラス放射と共通する周波数変化を示すことを初めて示したものです。地球での研究を他惑星へ展開できることを実証し、惑星研究の新たな展開を示しました。
【研究成果の概要:理論予測・水星でのその場観測・地球観測の連携による三位一体が導いた磁気圏物理の進展】
今回の成果は偶然ではなく、地球磁気圏での長年の研究成果を水星に応用するという明確な戦略に基づいて得られました。水星磁気圏における電磁波現象は、これまで理論研究での予測に留まっていましたが、「みお」に搭載した本研究グループの観測装置はこの検証を目的の一つとして設計されました。また、本研究グループが行ってきたGEOTAIL衛星による30年にわたる貴重な地球磁気圏の電磁波観測データが、その比較基準として不可欠でした。
GEOTAIL衛星は、他の地球周辺を飛翔する科学衛星と異なり、比較的地球の遠く(地球半径の約10倍程度より遠い)を観測してきており、これは地球より一桁以上小さな水星磁気圏と相似する比較しやすい宇宙の領域であるため、比較に適していました。
水星の電磁波データは、GEOTAIL衛星が蓄積してきた典型的なコーラス放射の特徴(周波数増加率と振幅強度など)と照合され、以下の定量的な一致が確認されました。
● 周波数変動(図1参照):短時間で周波数が上昇・下降する。これは、地球と同じく、電子と電磁波との非線形な結合を示す。
● 空間分布:高エネルギーの電子が流入しやすい朝側の領域に集中。
これらは、水星を観測する「みお」と地球を観測したGEOTAIL衛星の協調があってこそ得られたもので、惑星を跨いだ電磁波の発生メカニズムの普遍性を示し、水星のみならず他惑星への適用も視野に入るものです。
さらに、本研究グループが2025年秋に提唱した「水星周辺の冷たい電子の存在」を裏付ける重要な証拠にもなります。厚い大気を持たない水星でも、表面から湧き出す成分が惑星を包む電離大気の大きな割合となりうることを示し、2027年春から開始される「みお」による周回観測の重要なテーマとなります。
【今後の展開:惑星磁気圏探査ネットワーク構築への第一歩】
これまでの研究で、本研究グループは、地球の危険な放射線帯の担い手となる高エネルギー電子が、コーラス放射によって生成されることも明らかにしてきました。これら全体の研究により、人工衛星や探査機が飛び交う惑星周辺の宇宙環境の予測「宇宙天気」の精度向上や宇宙機の放射線防護に貢献することが期待されます。
水星では、磁場が弱く磁気圏は小さいため、放射線帯は形成されにくいとされてきました。しかし本成果の水星における周波数変動を伴うコーラス放射の実証は、水星でも高エネルギー電子の加速が有効であることを示しました。「みお」は、水星周回軌道への投入(2026年末の予定)を経て、詳細な観測を開始します。今後、コーラス放射の空間分布や周波数変動、冷たい電子の実在性や起源などのさらなる解明が、水星の飛躍的な理解に役立つことを期待しています。この成果は、水星と地球の比較にとどまらず、火星・木星・土星など他惑星への応用も視野に入ります。地球の極域を彩るオーロラが、水星を含む他惑星でどのように展開されるか、その理解に寄与していきます。
本研究は、JSPS科研費(24K00898、23H05429)の支援を受けて実施されました。
図1:みお(灰色の長方形)とGEOTAIL(色付きの点)によるコーラス放射の周波数変化率の類似性
掲載論文
雑誌名:Nature Communications
論文名:Nonlinear spatiotemporal signatures of whistler-mode wave activity around Mercury during six flybys of BepiColombo mission(ベピコロンボミッションの6回のフライバイ中の水星周辺のホイッスラーモード波動活動の非線形時空間特性)
著者名:著者名:尾崎光紀 1、八木谷聡 1、笠羽康正 2、笠原禎也 1、松田昇也 1、大村善治 3、疋島充 4、Fouad Sahraoui 5、Laurent Mirioni 5、Gérard Chanteur 5、村上豪 6
1 金沢大学
2 東北大学大学院理学研究科惑星プラズマ・大気研究センター(PPARC)
3 京都大学生存圏研究所
4 マグネデザイン株式会社
5 プラズマ物理学研究所(フランス)
6 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
DOI:10.1038/s41467-025-66968-2
用語解説
※1 水星磁気圏探査機「みお」
JAXAとESAの国際水星探査計画「BepiColombo」より、水星表面探査機 Mercury Planetary Orbiter (MPO)と共に2018年打ち上げられ、2026年に水星周回軌道へ投入予定。磁場・プラズマ・電磁波など多様な科学観測機器を搭載。
※2 地球磁気圏尾部観測衛星GEOTAIL
1992年打ち上げられ、地球磁気圏の尾部を30年以上にわたり電磁波やプラズマを観測した。コーラス放射の研究において世界的に重要な長期観測データを構築。
※3 冷たい電子
宇宙空間のプラズマを構成する電子の中で比較的エネルギー(温度)が低い電子のこと。大気がほとんどない水星では、冷たい電子は存在しないと考えられてきたが、水星周辺の電磁波を使った解析から、水星近傍に冷たい電子が存在する可能性を「みお」による観測結果を用いて推測されている。
(参考文献)https://doi.org/10.1186/s40623-025-02305-7
問い合わせ先
<「みお」での電磁波観測器 PWI 全般に関すること>
東北大学大学院理学研究科
附属惑星プラズマ・大気研究センター(PPARC)[web]
教授 笠羽 康正(かさば やすまさ)[みお PWIの主任研究者]
Email: kasaba.y[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2025年12月17日