お知らせ

機能性流体を用いた誘発地震抑制技術の開発に成功
―地震を起こす断層滑りにブレーキをかける地震抑制技術の黎明―

発表のポイント

● 機能性流体の一種であるせん断増粘流体(STF)(注1)は、普段は液体ですが、強い力が加わると急に固くなる性質を持っています。断層に導入すると、地震が抑制できると考え、その可能性を探求しました。

● 摩擦実験を行った結果、岩石粉末だけの場合は地震が起きますが、STFを混ぜると地震にならない安定した滑りに変わりました。

● STFを用いた誘発地震抑制技術は、地熱発電、非在来型資源、CO₂地下貯留、鉱山開発などで問題となる誘発地震のリスク低減に役立つ可能性があります。

● 将来的には、断層に直接STFを注入することで、より安全な地下資源開発や地震の制御の実現に貢献すると期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

様々な地下開発では、地下に流体を注入する際に断層の応力状態が変化し、微小地震が発生しますが、時に被害を伴う誘発有感地震(注2)が発生してしまうことがありました。これまで、注入する流体の量を減らすなどの対策が試みられてきましたが、経済性や技術的な制約があり、抜本的な解決策は見つかっていませんでした。

東北大学流体科学研究所の椋平祐輔准教授、Lu Wang氏(研究当時:流体科学研究所 特任助教)、大学院理学研究科附属地震・噴火予知研究観測センターの矢部康男准教授、大学院理学研究科地学専攻の澤燦道助教、武藤潤教授の研究グループはせん断増粘流体(STF)を、断層を模擬した粉末に付与し、その摩擦特性を実験的に調べました。その結果、STFを用いると断層の摩擦特性が変化し、断層滑りを安定化させ、地震の発生を抑制できる可能性を示しました。

今回の成果は、STFを使ってより安全な地下資源開発を実現できる他、将来的に地震の抑制技術開発の第一歩となる可能性もあります。

本研究成果は、2025年12月19日付で、米国地球惑星連合の国際学術誌Geophysical Research Lettersに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

地熱開発、シェールガス開発などの非在来型資源開発、二酸化炭素の地下貯留、鉱山開発などの地下開発では、地下への流体の注入などの人為的行為によって断層の応力状態が変化し、微小地震のみならず、時に被害を伴う誘発有感地震が発生してしまう事例もありました。その中には、地上の建造物に被害を及ぼすものも含まれます。これまで、流体の注入量を減らす、注入を断続的に行うなどの対策が試みられてきましたが、経済性や技術的な制約があり、抜本的な解決策は見つかっていませんでした。日本のような地震国では、人為的行為により地震を誘発することの社会的受容性が高いとは言えず、誘発地震は地熱開発の普及を阻害する重大な環境影響と見なされてきました。

そこで注目したのが、普段は液体ですが、強い力が加わると急に固くなる性質を持つせん断増粘流体(STF)です。STFはこれまでの研究で岩石の破壊様式を変化させるほどインパクトがあることが既に分かっており、これを誘発地震の抑制に、つまり地震を起こす断層滑りのブレーキとして使えないかというアイデアを実証したものです。


今回の取り組み

今回の研究では、通常の模擬断層粉末と、それにSTFを付加したサンプルを用いて低速摩擦試験(注3)を実施しました(図1)。低速摩擦試験からは、断層の摩擦挙動を示す摩擦パラメータが得られます。これらの摩擦パラメータから、その断層滑りの特性(滑りが加速するとか、減速する等の特徴)が分かります。

STFを付加したサンプルの実験結果から得られた摩擦パラメータは、模擬断層粉末のみのサンプルとは顕著に異なる摩擦挙動を示しました(図2)。STFを付加した場合、摩擦パラメータは、断層滑りが加速しない傾向を示しました。つまりこれは、STFを付加した場合、断層滑りにブレーキがかかるような現象になったと解釈できます。

さらに、実験室スケールの地震である微小破壊振動(AE)を連続的に起こす摩擦試験を行った場合でも、STFを付加したサンプルではAEがほとんど発生しませんでした。これもSTFが断層滑りを安定させる重要な証拠だと考えられます。

また、実験後のサンプルを電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、摩擦パラメータの一つに影響するせん断帯が、模擬断層粉末のみのサンプルに比して、厚く形成されており、これが、特徴的な摩擦パラメータの挙動を示していたと考えています。


今後の展開

この研究は地下開発分野で大きな問題となっている誘発地震を直接抑制する手法を開発したという点で大きな意義があります。この手法は、リスクを伴う断層が開発中に発見されたとしても、注水等の規模を縮小するなど経済活動を損なうことなく、リスクを低減しつつ開発行為を継続する術を提供し、より安全・安心な地下開発の実現に貢献できます。これは、地熱開発、シェールガス開発などの非在来型資源開発、二酸化炭素地下貯留等の、今後地球温暖化を抑制しつつ、持続的な発展を目指す上で必要不可欠な地下開発の社会受容性に貢献できます。

今後はより地下開発環境に近い条件での実用性の検証や、フィールド実証試験、技術の特許化を進めます。さらに、遠い将来とはなるかと思いますが、地震を抑制する技術の礎となることも期待されます。

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図1. 本研究で使用した実験装置(低速摩擦試験機、東北大学 大学院理学研究科 附属地震・噴火予知研究観測センター)。サンプルホルダーに模擬断層粉末とSTFを付加したサンプルで実験した。


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図2. 摩擦パラメータのうち臨界滑り量の断層の滑り速度に対する変化。黒四角がSTF付加サンプル、白四角が模擬断層粉末のみのサンプルの結果を示す。STF付加サンプルは、滑り速度の増加に比して臨界滑り量も増加している。断層滑りはゆっくりと開始し、拡大し、臨界滑り量を越えた時に高速になり地震になるとされているパラメータです。臨界滑り量が増加するということは、なかなか地震にならない事を意味します。



謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)、創発的研究支援事業(JPMJFR206Z)、JSPS科研費JP21H05201、東北大学若手研究者アンサンブルグラント、文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)」の支援により行われました。 本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。



用語説明

注1. せん断増粘流体(STF):
流れのせん断応力が流れの速度勾配に比例しない、粘性係数が一定ではない非ニュートン流体の一種で、ダイラタンシー流体とも言います。せん断速度の変化量に応じて粘度が変わり、サラサラした状態の時に強く力をかけると、力をかけたところだけが固くなるといった現象を起こします。片栗粉を水で濃く溶いたものもこの流体です。
注2. 誘発有感地震:
地下への注水、流体資源の抽出、掘削、ダムへの貯水など人為的開発行為によって地下の状態が変化し発生するのが誘発地震です。ほとんどの場合、地震の規模を示すマグニチュードは2以下で,地上で感じることはありません。誘発地震の情報は地下構造の推定など工学的に利用されます。ごく稀に地上で有感となり、被害を及ぼす誘発有感地震となる事例が報告されています。
注3. 低速摩擦試験:
断層力学において岩石などのすべり特性を調べるために、材料をゆっくりとずれ動かして摩擦抵抗を測定する実験です。具体的には、岩盤のすべり面(断層)を模した試験片に一定の圧力を加えながら、ゆっくりと相対的な動きを与え、その際の摩擦力を計測します。この試験から得られるデータは、断層運動のメカニズムや地震の発生予測を理解するための重要な情報源となります。



論文情報

タイトル:Induced Earthquakes Inhibited by Shear Thickening Fluid
著者:Lu Wang, Yusuke Mukuhira*, Yasuo Yabe, Sando Sawa, Jun Muto
*責任著者:東北大学流体科学研究所 准教授 椋平祐輔
掲載誌:Geophysical Research Letters
DOI:10.1029/2025GL118281



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web]
准教授 矢部 康男(やべ やすお)
TEL:022-795-3893
Email:yasuo.yabe.e2[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学流体科学研究所
国際研究戦略室(広報)
TEL: 022-217-5873
Email: ifs-koho[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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