お知らせ

植物のストレス反応スイッチの受容体を狙い撃ち制御
-二面性をもつ分子による新戦略-

発表のポイント

● 植物ホルモン「ジャスモン酸」の受容体に対して、特定のものだけを狙い撃ちできる「反応性アンタゴニスト(Reactive Antagonist, 以下RA)(注1)戦略」を開発しました。

● RA戦略により、これまで数が多くて役割が重なり合い、見分けにくかった受容体1種類ごとの働きを、選択的に読み出すことが可能になります。

● 植物の防御・成長バランスの精密制御や、新しい分子グルー(molecular glue)(注2)・分解誘導薬(注3)の設計など、農業・創薬の両分野への応用が期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

植物ホルモンの一つであるジャスモン酸は、虫に食べられたり病原菌に感染したりしたときに働き、植物の防御反応を起動させるホルモンです(図1)。その他にも、乾燥や塩害、病原菌の感染、昆虫の食害といったストレスに対する防御反応や、花を咲かせるタイミング、背丈や根の伸び方など、成長や環境への適応をコントロールする「スイッチ」の役割を担っています。

東北大学大学院理学研究科 上田実教授、松本幸太郎大学院生の研究グループは、北海道大学大学院薬学研究院 前仲勝実教授、野村尚生特任講師、スペイン国立生物工学センターとの共同研究で、植物ホルモン・ジャスモン酸を受容するCOI1-JAZ複合体をモデルとして、標的とするJAZタンパク質(注4)をピンポイントで選び出す反応性アンタゴニスト(RA)戦略を開発しました。

RAは、標的JAZにあらかじめ組み込んだシステイン残基(注5)と共有結合することで、そのJAZだけに作用してホルモン応答を引き起こす一方、標的以外のJAZによるホルモン応答を抑えます。この「ジキルとハイド」のように二面性をもつ性質を利用し、13種類あるJAZのうち、任意の1種類だけの機能を選択的にONにすることに成功しました。

本成果は、「似たタンパク質がたくさんあって一つ一つの役割が分かりにくい」という生命科学共通の問題を解決する新しい技術として、幅広い応用が期待されます。

本研究成果は、1月8日(英国標準時)に科学誌、Advanced Scienceのオンライン版に掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

植物ホルモンの一つであるジャスモン酸は、虫に食べられたり病原菌に感染したりしたときに働き、植物の防御反応を起動させるホルモンです(図1)。その他にも、乾燥や塩害、病原菌の感染、昆虫の食害といったストレスに対する防御反応や、花を咲かせるタイミング、背丈や根の伸び方など、成長や環境への適応をコントロールするスイッチの役割を担っています。

ジャスモン酸のスイッチを入れるには、受容体タンパク質が必要です。ジャスモン酸の場合、COI1とJAZという二つのタンパク質がペアになって受容体として働き、ジャスモン酸がその間で接着剤のように働くことで、二つがピタッとくっつき(分子グルー)、防御反応をスイッチオンにします(図1)。ところが、JAZタンパク質は植物体内に13種類も存在し、互いによく似た働きを持っています。1種類だけを壊しても、ほかのJAZが代わりをしてしまうため、「1種類毎の働き」を調べることが非常に難しいという問題がありました。これまでは、何種類ものJAZ遺伝子を同時に壊した複雑な変異体植物を作るなど、時間も手間もかかる方法に頼るしかありませんでした。

同じような悩みは、医薬品の標的となる受容体や酵素など、多くの生命現象にも共通しています。そこで研究グループは、たくさんいる仲間の中から、狙った1種類だけを選んで動かすための新しい戦略として反応性アンタゴニスト(RA)戦略を考案しました(図2)。


今回の取り組み

研究グループはまず、ジャスモン酸受容体COI1-JAZに結合してホルモン応答を抑える作用を持つアンタゴニスト分子の一部をシステインと特異的に反応しやすい反応性部位に置き換えたRA分子(図2)を設計・合成しました。

同時に、標的としたいJAZタンパク質の決まった位置に、反応しやすいアミノ酸であるシステインをあらかじめ導入しました(図2)。コンピューターを用いた立体構造解析により、RAが結合したときに、このシステインがRAの反応性部位に最も近づく位置を特定しています。

試験管内の実験およびシロイヌナズナを用いた細胞・個体レベルの実験で、システインを導入したJAZタンパク質だけがRA処理によって急速に分解され、システインを導入していない「野生型」JAZタンパク質は分解されないことを観察しました。一方、RAは野生型植物におけるジャスモン酸の典型的な作用(根の伸長阻害や色素蓄積)を強く抑えることから、標的以外のJAZに対してはアンタゴニストとして働いていることが分かりました。

つまりRAは、システインを導入したJAZに対しては、共有結合して分子グルーとなり、そのJAZだけを選択的に分解させ、それ以外のJAZに対しては、ホルモンの働きを邪魔するアンタゴニストとして振る舞うという二つの顔を併せ持つ、「ジキルとハイド」のような、これまでにない制御分子であることを明らかにしました(図2)。これにより、13種類のJAZのうち狙った1種類だけの働きを選択的にONにできるようになりました。


今後の展開

本研究で確立したRA戦略は、COI1-JAZ系だけにとどまらず、似たタンパク質がたくさん存在し、個々の役割が重なっているシグナル伝達経路の解析、分子グルー、PROTAC(標的タンパク質を分解に導く薬)といった次世代創薬分子の設計など、幅広い場面で応用可能な汎用的コンセプトです。

植物分野では、特定のJAZサブタイプだけを選んで防御応答を強めたり、成長抑制を抑えたりすることで、病害虫や環境ストレスに強く、かつ収量を維持できる作物設計への応用が期待されます。


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図1. 「ジャスモン酸(JA-Ile)」の、COI1-JAZ受容体は13種


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図2. RA分子は「ジキルとハイド」のような制御分子



謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究・挑戦的研究・変革領域研究「化合物潜在空間」など)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究基盤整備事業(BINDS)、およびスペイン科学技術庁(MICIU/AEI)等からの支援を受けて実施されました。



用語説明

注1. 反応性アンタゴニスト(Reactive Antagonist, RA):受容体に対してはアンタゴニスト(阻害剤)として結合しつつ、標的タンパク質に導入した反応性アミノ酸残基(本研究ではシステイン)と共有結合できるよう設計された化合物。これにより、標的タンパク質だけを分解に導く「分子グルー」として働かせることができる。本研究では、ジャスモン酸受容体COI1-JAZをモデルに、特定のJAZだけを選択的に分解させるRAを開発した。
注2. 分子グルー(molecular glue):本来は弱い、あるいはほとんど起こらないタンパク質同士の結合を、低分子化合物が"のり"のように仲立ちすることで強める分子。ユビキチンリガーゼと標的タンパク質を近づけて分解を促す医薬品や、植物ホルモンが受容体タンパク質同士を結びつける仕組みなどが代表例。
注3. 分解誘導薬:細胞内に存在するタンパク質の分解を誘導する薬物。例えば、遺伝子発現を抑制するJAZタンパク質が分解されることで、遺伝子発現のスイッチをオンにする。
注4. JAZタンパク質:植物ホルモンによって誘導される遺伝子発現を抑制するタンパク質。
注5. システイン残基:アミノ酸残基システインはRA分子の反応性部位と反応しやすいチオール基(-SH)をもつ。



論文情報

タイトル:A Reactive Antagonist Strategy: Cysteine-directed Covalent Molecular Glue in Plant Hormone Receptor Regulation
著者:Minoru Ueda*, Kotaro Matsumoto, Takao Nomura, Yousuke Takaoka, Taichi Okumura, Wataru Kozaki, Hikaru Hoshikawa, Yuho Nishizato, Andrea Chini, Roberto Solano, Katsumi Maenaka
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 教授 上田 実
掲載誌:Advanced Science
DOI:10.1002/advs.202517463



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻[web]
東北大学生命科学研究科 兼担
教授 上田 実(うえだ みのる)
TEL:022-795-6553
Email:minoru.ueda.d2[at]tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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