お知らせ
- トップ
- お知らせ
五角形のケイ素π電子系化合物の合成に成功 ―全ケイ素置換シクロペンタジエニドの登場―
発表のポイント
● 五角形のケイ素(注1)骨格をもつケイ素π電子系化合物、ペンタシラシクロペンタジエニド(注2)を合成し、その分子構造の解明に成功しました。
● この化合物は非平面の五角形のケイ素骨格を持ちながらも、非局在化したπ電子と芳香族性(注3)を持つことを解明しました。
● 様々な触媒や機能分子に使われているシクロペンタジエニド(注4)のケイ素版化合物として触媒・材料両分野への展開が期待されます。
概要
ケイ素は元素周期表で炭素の一つ下にあり、半導体、炭化ケイ素繊維、シリコーンなどの身近な高機能性材料を与える元素です。しかし、ケイ素の場合、機能性炭素(有機)材料によく見られるπ電子系化合物(ベンゼンやフラーレンなど)は通常は安定ではありません。π電子系化合物を構成するπ結合がケイ素の場合は強くなく安定ではないからです。そのため、ケイ素の数が増えるほど、そのπ電子系化合物の合成は難しくなり、5つ以上の連続するケイ素原子上にπ電子を非局在化させた分子の合成は挑戦的な課題でした。
東北大学大学院理学研究科の岩本武明教授、石川朋樹大学院生、石田真太郎准教授の研究グループは、五角形のケイ素骨格をもつπ電子系化合物、ペンタシラシクロペンタジエニドの合成に成功し、その分子構造を解明しました。
この化合物は非平面の五角形の骨格が特徴であり、非平面でありながらも、平面五角形の炭素骨格を持つシクロペンタジエニドと同様に非局在化したπ電子と芳香族性を持ちます。そして、ケイ素骨格上でのπ電子の非局在化と、ケイ素上に導入された保護基がこの化合物を安定化していることを明らかにしました。
本成果により合成された化合物は、様々な触媒や機能分子に使われているシクロペンタジエニドのケイ素版化合物であり、ケイ素を基盤とした新たなπ電子系化合物として触媒および材料両分野への幅広い展開が期待されます。
本研究成果は、日本時間2月6日午前4時に科学雑誌Scienceのオンライン版に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
ケイ素は元素周期表で炭素の一つ下にあり、半導体、炭化ケイ素繊維、シリコーンなどの私たちの身近にある高機能性材料の基盤になる元素です。しかし、炭素が多様なπ電子系化合物(例、ベンゼン、シクロペンタジエニド、フラーレンなど)を形成し、有機太陽電池などに用いられる機能性有機材料を与える一方で、ケイ素はそのような化合物を通常安定に与えません。ケイ素の場合はπ電子系化合物を構成するπ結合が炭素ほど強くなく安定ではないからです。これまでにケイ素のπ結合を安定化するための立体保護基をケイ素骨格上に組み込むことで、ケイ素のπ電子系化合物が合成され、その特徴は炭素を骨格にもつπ電子系化合物とは大きく異なることが明らかにされてきました。例えば、たった1つのケイ素π結合を持つ化合物であっても、可視光領域での発光や吸収を示し、水素や二酸化炭素のような通常は不活性な分子を触媒なしで活性化させ変換させます。理論的にはこのケイ素π結合を多数持つ化合物は近赤外領域の光の吸収発光など特徴ある光学特性が予想されています。しかし、π結合を持つケイ素の数が増えるほどその合成は難しくなり、一般的な合成法も確立されていません。そのため、5つ以上の連続するケイ素原子上にπ電子を非局在化させた分子の合成は挑戦的な課題でした。
今回の取り組み
今回研究グループは、研究グループが開発したケイ素π結合骨格を精密に組み上げる合成法を駆使して、五角形のケイ素骨格(五員環ケイ素骨格)をもつπ電子系化合物「ペンタシラシクロペンタジエニド」を合成しました(図1)。この化合物は空気中では不安定ですが、酸素や水のない条件では安定な橙色の結晶(図2(a))として得ることができます。
リチウムを対カチオンに持つペンタシラシクロペンタジエニドのX線単結晶構造解析(注5)の結果、リチウムカチオンが五員環ケイ素骨格の上に位置していること、炭素骨格を持つシクロペンタジエニドが平面五角形の構造を持つのに対して、この化合物は結晶中で非平面の五角形の骨格を持つことを明らかにしました(図2(b))。特に五員環ケイ素骨格の特徴的な非平面構造は理論的に予測されていたものであり、研究グループは合成した化合物がその予測と矛盾のない特徴を持つことを実験的に突き止めました。また五員環ケイ素骨格を形成する5つのケイ素-ケイ素結合距離はいずれも少し長めの二重結合距離の範囲にあり、π電子の非局在化が示唆されました。実際、リチウムカチオンを持つペンタシラシクロペンタジエニドの重ベンゼン中の核磁気共鳴(NMR)スペクトル(注6)は、溶液中でこの化合物の5つのケイ素核が等価に観測されること、結晶中と同様にケイ素の五員環には表裏(リチウムのある側とない側)があること、7Li核NMRスペクトルは、リチウム核がケイ素五員環からの反磁性環電流の影響を受けていること、すなわち芳香族性があることを示しました。
さらに量子化学計算(注7)により、ケイ素骨格上でのπ電子の非局在化と、ケイ素上に導入された保護基がこの化合物を安定化していることを突き止めました。
今後の展開
本研究により合成された化合物は、様々な触媒や機能分子に使われているシクロペンタジエニドのケイ素版化合物であり、ケイ素を基盤とした新たなπ電子系化合物として基礎化学分野のみならず、触媒および材料両分野への幅広い展開が期待されます。
炭化ケイ素繊維やシリコーンなどの高機能性ケイ素材料は、宇宙服、航空機、高層ビルの窓のシーリングから私たちの身近にある日用品にまで多岐にわたり使われています。これらは純粋な科学的興味から生み出された新しい骨格をもつケイ素化合物の登場がきっかけになり、長い年月を経てそれらの優れた物性と機能が見出されてきました。本成果により登場した新たなケイ素化合物も、枯渇の心配のない元素であるケイ素に潜在する物性、機能と新たな用途を見出す種になる可能性を秘めています。
図1. ペンタシラシクロペンタジエニドの合成
図2. ペンタシラシクロペンタジエニドの(a)結晶と(b)分子構造
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JSPS KAKENHI Grant Number JP25K01749)および国際卓越研究者育成支援プログラム(AGS RISE Program)の支援を受けて実施されました。
補足
なお、ほぼ同時にドイツSaarland大学のDavid Scheschkewitz教授の研究室で全く同じ化合物が発見されました。相互合意のもと、仙台およびザールランドの研究グループからそれぞれの研究が『Science』誌の同一号に発表されています。
用語説明
注1. ケイ素:元素周期表で炭素の一つ下に位置する14族元素。地殻にある元素の中で、酸素に次いで豊富な元素。半導体、炭化ケイ素繊維(東北大学で開発された超高耐熱材料)、シリコーン等の私たちの身の回りで活躍する機能材料の核となる元素で、炭素との結合をもつ有機ケイ素化合物は合成化学でも広く活用されています。
注2. π電子系化合物:π結合をもつ化合物の総称。π結合は二重結合や三重結合を構成する結合で、分子の電子状態や機能を司る。
注3. 芳香族性:ベンゼンなどの芳香族化合物の高い安定性を説明する概念。現在では分子の磁気的性質の指標としても用いられる。
注4. シクロペンタジエニド:五角形の炭素骨格を持つ電荷 −1の有機化合物。環骨格炭素原子上に非局在化した6つのπ電子を持つ代表的な芳香族化合物の一つで様々な金属触媒の配位子として利用されています。世界で初めて合成された有機金属化合物フェロセンにも使われています。この化合物の前に「ペンタシラ」がつくと、「5つの炭素をケイ素に置き換えた」、という意味になります。
注5. X線単結晶構造解析:分子の構造を解析する方法の一つ。単結晶により散乱されたX線の位置と強度を測定することで、分子の精密な構造を決定できます。固体状態の分子の構造を決める有力な方法の一つ。
注6. 核磁気共鳴(NMR)スペクトル:強い磁場中おかれた分子が吸収するラジオ波を測定したもの。これを解析することで精密に分子の中にある原子核の相対的な関係を推定可能で、分子の構造を決める有力な方法の一つ。
注7. 量子化学計算:量子化学に基づいた計算。実験的に追究が難しい物質の電子状態や性質の理解や未踏化合物の予測に有用。
論文情報
タイトル:Silicon Cyclopentadienides Featuring a Nonplanar 6π Aromatic Si5 Ring
著者:Takeaki Iwamoto,* Tomoki Ishikawa, Shintaro Ishida
*責任著者 東北大学大学院理学研究科化学専攻教授 岩本武明
掲載誌:Science
DOI:10.1126/science.aed0168
問い合わせ先
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻[web]
教授 岩本 武明(いわもと たけあき)
TEL:022-795-6558
Email:takeaki.iwamoto[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2026年2月 6日