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日本の天候を揺さぶる熱帯の巨大雲群マッデン・ジュリアン振動の移動を左右する鍵を解明 ―数週間先の天候予測の精度向上に資する着眼点を提示―
発表のポイント
● 日本の天候を左右する熱帯の巨大雲群「マッデン・ジュリアン振動(Madden-Julian Oscillation:以下、MJO)(注1)」が太平洋に移動するメカニズムを、全球高解像度気象モデルによる精緻かつ膨大な数のアンサンブルシミュレーション(注2)で明らかにしました。
● 急激な季節進行後の12月は、同一の環境下でもMJOの移動シナリオが複数存在するという混沌さを持つ一方、その選択はMJO発生時の風の強さに左右され、熱帯−中緯度相互作用の僅かな差を通じて決まることも示しました。
● 上記過程の監視は、MJOに伴う数週先の天候予測の確度向上に繋がります。MJOの複雑さを捉えた膨大な計算結果は、AI天気予報の改良にも有望です。
概要
熱帯域には、東西数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲群がインド洋から太平洋に移動するマッデン・ジュリアン振動(MJO) という顕著な気象現象があります。MJOは世界各地に異常天候を導くテレコネクション(注3)の源であり、その移動がいつどのように起きるかの解明は、熱帯気象学の最重要課題の1つでした。
東北大学大学院理学研究科の髙須賀大輔助教らの研究チームは、全球の雲の動態を精緻に計算する気象モデルを用いて、2つのMJOを対象に計4,000個の膨大な「パラレルワールド」を生成し、外的条件が同じ中でのMJOの移動の決まり方を解明しました。冬への季節進行後の12月はMJOの移動シナリオが複数存在して予測が混沌とする一方、シナリオ選択の鍵は、MJO発生時の風の強さに端を発する熱帯−中緯度相互作用の些細な違いにあることを突き止めました。この結果とアプローチは季節予報やAI天気予報の精度向上に繋がります。
本成果は科学誌Science Advancesに日本時間2026年 2月19日午前4時付で掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
マッデン・ジュリアン振動(MJO)は、もともと熱帯域での30〜60日周期の気圧振動として発見され、その実態は、背の高い積乱雲群が数千km規模にわたってインド洋で集団化し、太平洋に向かって時速10〜30 km程度の遅さで移動する現象です(図1)。MJOの巨大な雲群に伴う多量の雨は、インド−太平洋域の脅威であり、例えば2025年11月の東南アジア各地での記録的豪雨の際には、活発なMJOがインドネシア〜太平洋西部に到来していました。また、MJOは熱帯の大気循環を広く変えることで、台風の発生やエルニーニョ現象の発達・衰弱を促したり、中高緯度へのテレコネクションを引き起こしたりするなど、世界の気象・気候に影響する要因にもなっています。
このため、MJOが発生したのち、その雲群がいつどのように移動するのかを明らかにすることは、世界各地の天候予測のリードタイムを延ばす上で重要です。一説では、MJOに対して背景となる状態(季節や数年で変化する大気場)が決まれば、MJOの移動の性質(移動速度・太平洋への移動の有無)も決まるとする理論が主流です。一方、その見方では説明しえないカオス(注4)的な振る舞いも観測データから示唆されています。しかし、カオスの直接的実証や要因の特定は、観測データの解析だけでは困難です。この解決には数値シミュレーションが有効な手段ですが、雲を半経験的に表現している多くの大気モデルは、そもそもMJOの移動を満足に表現できないというジレンマを抱えてきました。
今回の取り組み
そこで今回は、全球で雲の動態を直接計算する高解像度大気モデルNICAM(注5)を用いることでMJOのシミュレーションに関する課題を克服し、さらにアンサンブル実験という手法でMJOの移動のタイミングや有無がどう決まるかを調査しました。2018年11月と12月に発生した2つのMJO事例を対象に、わずかに異なる初期状態を持つ「パラレルワールド」を生成し、MJOに対する背景の状態は揃えてある中で、MJOの移動がどれだけばらつくか(カオス的か)を直接示すことを目指しました。起こりうる状況を可能な限り網羅するべく、パラレルワールドの生成数は、2つの各MJOに対して1,000個という膨大な規模としました。全球の雲を陽に計算するほどの高解像度でこの規模のアンサンブル実験を行うには莫大な計算量が必要ですが、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」(注6)の圧倒的な計算性能がそれを可能にしました。
解析の結果、11月のMJOは太平洋への移動の有無が確率的で、移動できた場合は観測されたタイミングに一意に定まるのに対し、12月のMJOは太平洋へ移動しやすいものの、そのタイミングが一意に定まらず、観測された状況とは異なるもう1つのシナリオが存在していたことを明らかにしました(図2)。つまり、MJOに対する背景の状態だけではMJOの移動タイミングは決まらず、状況によっては1つの背景に対して複数の移動タイミングの候補が出現するという、カオス的な振る舞いを実証しました。
取りうるMJOの移動タイミングの数が変わる原因が分かれば、複数の予測シナリオの用意に備えられます。この観点で11月と12月の違いを調べると、わずか1ヶ月の間に進行する日射の季節変化で、南半球側の海水温が一気に暖まることが、MJOの移動を促す別プロセスを12月に出現させていたことが分かりました(図3)。MJOの移動タイミングの予測の確度は、急激な季節進行の前後で変わることに留意すべきことを意味します。
予測の観点でより重要なのは、12月のMJOで取りうる2つの移動タイミングのうち、どちらが実現するかを決める選択律です(図3)。直接の決め手は、太平洋西部に効率的に水蒸気を供給する熱帯域特有の大気波動が発達するか否かでしたが、それを裏で司っていたのは、中緯度の気圧の谷が熱帯に侵入できるか否かでした。さらにこの分別の原因は、MJOの雲群がまだインド洋にある段階(つまり移動前)に伴って形成される、太平洋西部上空の西風のわずかな強弱にまで遡ることを示しました。すなわち、MJO発生時の循環強度の差異が、中緯度からの力学的影響のポテンシャルを変え、MJO 自身の移動タイミングを左右するという、中緯度を巻き込んだ相互作用が選択律の鍵を握っていました。
今後の展開
本研究は、MJOの移動のカオス性を初めて明らかにしました。学術的には、マッデン・ジュリアン 「振動」という名から暗に想定されてきた、単一のバネのようにシンプルな振動を示すMJO理論の正当性を疑問視し、MJOとは時間・空間的に異なる変動との相互作用に踏み込む必要性を主張するものです。
一方、この複雑さの要因も特定したことで、季節予報で着目すべき実用的な手がかりを提供しました。例えば、急激な季節進行後の12月以降の冬は、MJO発生時の強度に注意し、中緯度から熱帯に影響するMJOよりも速いスケールの変動も随時監視することが、リードタイムを確保したMJOの移動予測に肝要です。これは、MJOの影響を大きく受ける日本を含め、世界各地の数週間先の天候予測の信頼度の向上に繋がります。
さらに、近年脚光を浴びている人工知能(AI)による天気予報は、主に観測データを学習材料としていますが、そのデータ量では今回示されたような、同一の環境下でも複数の移動シナリオを取りうるMJOのカオスな振る舞いを網羅できていないかもしれません。全球高解像度モデルが生成する膨大なアンサンブル実験データは、この学習不足を補完し、AI天気予報の性能を向上させうる発展性も秘めています。
図1. 2025年1月21日(左)と2月4日(右)の21時(日本時間)における気象衛星ひまわり8号の雲画像(千葉大学環境リモートセンシング研究センターの公開データを用いて作成)。インドネシア島嶼部を覆う巨大な雲の群れがMJOに伴うもの。この2週間の間に雲の群れの中心は東に移動しており、この群れから渦巻いた熱帯低気圧が発生している。
図2. 11月(左)と12月(右)のMJOそれぞれを対象とした1,000個のアンサンブル実験について、シミュレーションされたMJOが太平洋西部に移動したタイミングで区分した「パラレルワールド」の数の頻度分布。11月にはピークが1つしか存在しないが、12月には観測に対応するものとは別のピークが出現している。群青色と灰色の陰影は、1,000個のシミュレーション結果からそれぞれ100個または500個のランダム抽出を繰り返して作成した頻度分布の幅。12月の2つのピークは、ランダム抽出の組み合わせによっては500個の結果でも見て取れるが、1,000個の結果を用いることでより明瞭となっている。
図3. 12月のMJOを対象とした膨大なアンサンブル実験が明らかにした、同一の背景状態の中で生じた2つのMJOの移動シナリオのメカニズムの模式図。
謝辞
本研究は、文部科学省の「富岳」成果創出加速プログラム『防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測』(JPMXP1020200305)の支援を受け、当該プログラムによって提供されたスーパーコンピュータ「富岳」の計算資源で実施されました(課題番号:hp210166、hp220167)。また、日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)(JP20H05728、JP24K22893、JP21K13991、JP23H01243、JP23K25939)、および理化学研究所の「富岳」高度化・利用拡大枠利用課題(ra000005)の支援を受けました。さらに本論文は、「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」により、オープンアクセスとなっています。
用語説明
注1. マッデン・ジュリアン振動(Madden-Julian Oscillation: MJO):主に熱帯のインド洋で東西数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲の群れが発生し、太平洋へ移動する現象として観測される。1972年にこの現象を発見したアメリカの気象学者、マッデンとジュリアンの名にちなんで名付けられた。
注2. アンサンブルシミュレーション(実験):少しずつ異なる初期条件等を複数用意し、それぞれに対して数値実験を行う手法。週間天気予報や台風の進路予報にも用いられている。
注3. テレコネクション:ある地域で大気循環が揺らぐことで、その地域からは遠く離れた地域でも気圧パターンが変わり、異常天候がもたらされること。例えば、MJOに伴う雲活動がインドネシアから太平洋西部に移動した際に、東北地方の日本海側や北陸地方で大雪となる傾向があることを示した研究もある。
注4. カオス:初めの状態がわずかに異なるだけで、そのわずかな差が急激に成長し、その後の時間変化に大きな違いがもたらされる振る舞いのこと。
注5. NICAM:日本で開発されてきた、地球全体で雲の生成・消滅を直接計算することで精緻なシミュレーションを実現した高解像度の全球大気モデル。従来の全球モデルは、雲を直接計算できるほど細かい解像度を持たないため、特に雲や雨が関わる気象現象の表現に対して不確実性をもたらしていた。主に水平解像度220mから14kmの範囲で運用されている。Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Modelの略称。
注6. スーパーコンピュータ「富岳」:スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020 年代に、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAIの加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして 2021年3月に共用が開始された。現在「富岳」は日本が目指す Society 5.0 を実現するために不可欠な高性能計算インフラとして活用されている。
論文情報
タイトル:Propagation of the Madden-Julian Oscillation as a Deterministic Chaotic Phenomenon
著者:Daisuke Takasuka*, Tamaki Suematsu, Hiroaki Miura, Masuo Nakano
*責任著者 東北大学大学院理学研究科 助教 髙須賀 大輔
掲載誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.adz1916
問い合わせ先
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web]
助教 髙須賀 大輔(たかすか だいすけ)
TEL:022-795-5783
Email:takasuka[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2026年2月19日