お知らせ

コイルなしで発振する電子回路を実現-巨大インダクタンスを分子材料で発見-

概要

理化学研究所(理研)開拓研究所上野核分光研究室の大島勇吾専任研究員、名古屋大学大学院工学研究科の竹延大志教授、東北大学大学院理学研究科の高石慎也准教授らの共同研究グループは、分子性物質[1]に基づくメモリスタ[2]においてコイルを用いずに発振する電子回路を発見しました。

本研究により、従来はコイル[3]によって実現されてきたインダクター[3]機能を、物質の内部ダイナミクスによって代替できることが示され、コイル不要の発振回路が可能となりました。これにより、低周波回路設計の自由度向上や小型・集積化への応用、さらにはニューロモルフィックデバイス[4]など新しい情報処理技術への展開が期待されます。

今回、共同研究グループは分子性モット絶縁体[5]において電気輸送測定およびインピーダンス分光[6]を行い、メモリスタとしての振る舞いを確認しました。さらに、ヒステリシス応答(ピンチドヒステリシスループ)[7]に起因して10,000~100,000ヘンリー(H)[3]に達する巨大なインダクタンス[3]が発現することを見いだし、この巨大インダクタンスと負性抵抗[8]によりコンデンサーと組み合わせた回路で自励発振(自発的な振動)が生じることを実証しました。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(5月8日付:日本時間5月8日)に掲載されます。

□ 東北大学ウェブサイト


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メモリスタにおいて巨大なインダクタンスが発現し、コイル不要の発振器を実現



背景

電子回路において発振は、信号生成やタイミング制御などに不可欠な基本機能であり、無線通信やセンサー、情報処理回路など幅広い分野で利用されています。この発振は通常、コイル(インダクター)とコンデンサー(蓄電器)を組み合わせた回路によって実現されますが、コイルは構造上大型化しやすく、回路の小型化や集積化を進める上で大きな制約となってきました。

一方、近年では従来の電子部品の役割を新しい材料で置き換える試みが進められており、その中で「メモリスタ」は電流の履歴に応じて抵抗が変化する(ヒステリシス応答を示す)特異な素子として注目されています。しかし、メモリスタの時間依存的な電気応答が回路機能としてどのように利用できるのかについては、十分に理解されていませんでした。

特に、発振に不可欠とされてきたインダクター機能をコイル以外で実現することは難しく、物質の内部ダイナミクスによってインダクタンスが生じる可能性は指摘されていたものの、実験的検証は限られていました。そこで共同研究グループは、分子性物質に着目し、メモリスタとしての振る舞いと電磁応答の関係を明らかにすることで、コイルに依存しない新しい発振原理の実現に挑みました。



研究手法と成果

本研究では、1次元鎖構造を持つ分子性モット絶縁体[Ni(chxn)₂Br]Br₂を対象に、電気輸送測定、インピーダンス分光、および発振特性の解析を組み合わせて、その電気応答を詳細に調べました。まず、交流電流をかけて電流と電圧の関係(I-V特性)を測定したところ、低周波領域において特徴的なヒステリシス応答(ピンチドヒステリシスループ)が観測され、この物質がメモリスタとして振る舞うことを確認しました。

次に、インピーダンス分光を用いて周波数応答を調べた結果、直流電圧をかけた場合にのみ、コイルに特徴的な応答が現れることが分かりました。得られたデータを回路モデルで解析した結果、最大で10,000~100,000Hに達する巨大なインダクタンスが発現していることが明らかになりました。この値は、一般的なコイルで得られるインダクタンスの約10万倍に相当し、ミリメートルサイズの試料においては通常実現できない極めて大きな値です。また、このインダクタンスは電圧をかけたときにのみ現れることから、外部配線や測定装置に由来する不要な影響ではなく、物質内部のダイナミクスに起因するものであることが確認されました。

さらに、このインダクタンスの妥当性を検証するため、試料にコンデンサーを並列接続した回路において発振特性を測定しました(図1)。その結果、一定以上の電流を流すと自励発振が生じ、その発振周波数はインダクタンスと電気容量から決まる関係式と一致することが分かりました。この解析から求めたインダクタンスの値は、インピーダンス分光から得られた値とよく一致しており、巨大インダクタンスが実際に回路動作に寄与していることが裏付けられました。

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図1 コイルなしで観測された自励発振
分子メモリスタにコンデンサーを接続した回路において観測された自励発振。外部コイルを用いずに発振が生じることを示す。Ibias:入力バイアス電流、µA:マイクロアンペア(1µAは100万分の1アンペア)。C:電気容量、µF:マイクロファラッド(ファラッドは電気容量の単位、1µFは100万分の1ファラッド)。

以上の結果から、メモリスタにおいて観測されるヒステリシス応答により、動的にインダクタンスが発現すること、そしてそのインダクタンスと負性抵抗の組み合わせにより、コイルを用いない発振が実現されることが明らかになりました。本研究は、従来はコイルによって実現されてきたインダクター機能が、物質の内部ダイナミクスによって代替され得ることを、定量的に示したものです。



今後の期待

本研究により、従来はコイルによって実現されてきたインダクター機能を、物質の内部ダイナミクスによって代替できる可能性が示されました。これは、電子回路における基本素子の役割が、構造(コイル)から物質の性質へと置き換わる可能性を示すものであり、回路設計の考え方そのものを拡張する成果です。

特に、コイルは小型化が難しい素子として知られており、本研究のようにコイルを用いずに同等の機能を実現できれば、低周波領域における回路の小型化や高密度集積化につながることが期待されます。また、メモリスタがインダクター機能と負性抵抗の役割を同時に担うことから、従来よりも少ない素子で回路を構成できる可能性も示されました。

さらに、メモリスタはその履歴依存性や非線形性から、人工神経回路を模倣するニューロモルフィックデバイスへの応用が期待されており、本研究で示された発振機能はスパイク信号の生成などへの展開が考えられます。将来的には、動作条件の最適化や材料設計の進展により、実用的な電子回路素子としての応用が期待されます。



論文情報

タイトル:Colossal emergent inductance in a molecular memristor
著者名:Yugo Oshima, Rei Usami, Tetsuro Moriya, Taishi Takenobu, Shinya Takaishi
雑誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-026-48808-5



用語解説

[1] 分子性物質:個々の分子が規則的に並んで結晶を形成し、その分子間の相互作用によって電気伝導や磁性などの性質が現れる物質のこと。通常の金属や半導体が原子のネットワークで構成されるのに対し、分子性物質では分子単位で電子の振る舞いが決まる点が特徴である。このような特性から、強い電子相関や新しい機能性の発現が期待される物質群として研究が進められている。
[2] メモリスタ:電流の履歴に応じて電気抵抗が変化する性質を持つ電子素子。電圧や電流を加えた過去の状態を記憶するように振る舞うため、「記憶(memory)」と「抵抗(resistor)」を組み合わせて名付けられた。通常の抵抗とは異なり、時間とともに応答が変化する非線形な特性を持つことが特徴。この性質から、脳の神経回路を模倣したニューロモルフィックデバイス([4]参照)などへの応用が期待されている。
[3] コイル、インダクター、ヘンリー(H)、インダクタンス:インダクター(コイル)は、入力電流の時間変化に比例した電圧を生じさせる回路素子のことを指し、その比例係数をインダクタンスと呼ぶ。インダクタンスの単位はヘンリー(H)であり、1ヘンリーは1秒間に1アンペアの割合で電流が変化するときに1ボルトの電圧を生じる場合と定義される。通常、この性質はコイルによって実現される。本研究では、このインダクタンスがコイルではなく物質の内部ダイナミクスから発現することが示され、特に10,000~100,000Hに達する巨大な値が観測された。
[4] ニューロモルフィックデバイス:人間の脳の神経回路の仕組みを模倣した電子デバイスのこと。脳では、神経細胞(ニューロン)が電気信号の発火(スパイク)によって情報を処理しており、このような動作を電子回路で再現することが目指されている。ニューロモルフィックデバイスは、従来のコンピュータとは異なり、低消費電力で並列的に情報処理できる点が特徴。本研究で示された発振機能は、このようなスパイク信号の生成に応用できる可能性がある。
[5] モット絶縁体:電子が自由に動けるため本来は金属になると予想されるにもかかわらず、電子同士の強いクーロン斥力により電子の移動が抑えられ、全体として絶縁体となる物質のこと。特に、電子密度が1原子当たり半整数となる場合にこのような状態が現れる。
[6] インピーダンス分光:試料に交流電圧を加え、その応答として流れる電流との関係を周波数ごとに測定することにより、物質の電気的性質を調べる手法。この方法により、抵抗や電気容量、インダクタンスといった回路特性を分離して評価することができる。本研究では、この手法を用いてメモリスタにおける巨大なインダクタンスの発現を明らかにした。
[7] ヒステリシス応答(ピンチドヒステリシスループ):入力した電圧や電流の履歴によって応答が変化し、同じ条件でも過去の状態に依存して異なる値を取る現象。メモリスタでは、電流と電圧の関係をグラフに描くと、原点で交差する特徴的なループ(ピンチドヒステリシスループ)が現れる。このループはメモリスタの代表的な特徴とされており、電流の履歴を記憶する性質を反映している。本研究では、このヒステリシス応答が巨大インダクタンスの発現に関与していることが示された。
[8] 負性抵抗:電圧を増加させたときに電流が減少するような、通常とは逆の応答を示す現象。一般的な抵抗では電圧を大きくすると電流も増加するが、負性抵抗では特定の条件下でその関係が逆転する。この性質は電子回路において発振や増幅に利用されることがあり、自励発振を引き起こす要因となる。本研究では、メモリスタにおける負性抵抗と巨大インダクタンスの組み合わせにより、コイルを用いない発振が実現された。



研究支援

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)「理想的な特性を有するメモリスタの作製と巨大インダクタンスの実現(研究代表者:竹延大志、研究分担者:大島勇吾、JP25K22285)」、同基盤研究(A)「歪んだ原子層物質における室温純粋円偏光発光と電気的円偏光制御の実現(研究代表者:竹延大志、JP22H00280)」、同基盤研究(B)「二水素錯体における水素同位体分離機構の解明と分離能向上(研究代表者:高石慎也、JP23H02054)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「二次元物質における超高密度キャリア制御(研究代表者:竹延大志JPMJCR23A4)」「Giant CISS物質: 界面陽電子・電子の全運動量制御(研究代表者:関修平、共同研究者:竹延大志、JPMJCR23O3)」による助成を受けて行われました。



発表者のコメント

今回の研究では、これまでコイルが不可欠と考えられてきた発振回路が、コイルなしでも、物質の性質によって実現できることを示しました。測定を進める中で、予想を大きく超える巨大なインダクタンスが現れたときは非常に驚きました。この結果は、電子回路の設計を「電子部品」から「物質」へと拡張する可能性を示すものだと考えています。(大島勇吾)

これまで当たり前だと思われていた「コイルが必要」という前提が、実は必ずしも正しくないかもしれない、というのが今回の研究のポイントです。物質そのものがコイルの役割を果たすという結果は、私たち自身にとっても驚きでした。将来的には、よりシンプルで新しい電子回路の実現につながると期待しています。(竹延大志)



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻[web]
准教授 高石 慎也(タカイシ シンヤ)
TEL:022-795-6545
Email:shinya.takaishi.d8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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