お知らせ

活断層で究極の潤滑物質「酸化グラフェン」を世界で初めて発見―跡津川断層系のゆっくりすべる謎を解明―

発表のポイント

● 活断層中から酸化グラフェン(注1)の単層ナノシート(注2)を世界で初めて発見しました。

● 酸化グラフェンは、摩擦係数(注3)0.01以下の超低摩擦であり、従来の粘土鉱物(注4)やグラファイト(注5)(摩擦係数0.1程度)よりも驚異的に滑りやすい特性が報告されています。

● 酸化グラフェンが安定して存在できる温度(200℃以下)が、断層の地震が起きにくい領域と一致することを確認しました。

● 断層運動が有機物由来のアモルファスカーボン(注6)を酸化グラフェンへと変えるトライボケミカル反応(注7)を引き起こした可能性を示しました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

岐阜県から富山県にまたがる跡津川断層系では、地下7~8kmまで地震が少なく、断層がゆっくり滑るクリープ(注8)が知られています。こうした現象は、これまでグラファイトや流体の潤滑によるものと考えられてきました。近年のラマン分光法(注9)やXPS(注10)、TEM(注11)の分析技術発達により、様々な種類の炭素が分類できるようになりました。特にグラフェンは酸化還元により物性が大きく変化しますが、地学でその特異性は注目されてきませんでした。

東北大学の長濱裕幸 教授、武藤潤 教授、澤燦道 助教、島田知弥 大学院生、東北学院大学の中村教博 教授、東京大学の大藤弘明 教授らの研究グループは、活断層中に単層ナノシートの酸化グラフェンを発見しました。酸化グラフェンはグラファイトよりも一桁小さい摩擦係数0.01以下の超低摩擦であるため、跡津川断層系の特異な地震活動に影響する可能性があります。本成果は日本時間5月12日18時に科学誌Nature Communicationsに掲載されます。



詳細な説明

研究の背景

岐阜県から富山県にまたがる跡津川断層系は、中央部の地下7〜8kmまで地震活動が少なく、断層がゆっくり滑る「断層クリープ」が報告されています。これまでこの原因として、低摩擦なグラファイト(摩擦係数が0.1程度の層状炭素)や地下深部の流体が考えられていました。しかし、近年のラマン分光法やX線光電子分光法(XPS)、透過型電子顕微鏡(TEM)などの分析技術の発達によって、様々な種類の炭素が分類できるようになってきました。特にグラフェンは酸化還元状態によって摩擦的・電気的物性が大きく変化することが知られています。これまで地学におけるグラフェンの報告では、積層構造を伴っており、完全に剥離した状態(単層)でありませんでした。また、グラフェンの特異な性質はこれまで注目されていませんでした。


今回の取り組み

研究グループは、最新のラマン分光法、XPS、TEMなどを組み合わせることで、世界で初めて活断層中に酸化グラフェンを発見し、直接観察に成功しました。酸化グラフェンは断層ガウジ(注12)の微小な亀裂に沿って集中し、横方向3〜10nmの単層ナノシートであることが分かりました。酸化グラフェンは摩擦係数が0.01以下の超低摩擦であり、グラファイトよりも一桁小さいことが知られています。したがって、断層中の超低摩擦な酸化グラフェンは、グラファイトよりも効果的に断層をすべりやすくし、跡津川断層系の低地震活動領域と断層クリープに影響すると考えられます。

酸化グラフェンは200℃に達すると大部分が二酸化炭素や水蒸気に分解されてしまいます。跡津川断層系において地温200℃に達するのは地下深さ6.3~7.5kmであるので、酸化グラフェンの安定的に存在できる深さは低地震活動領域と一致します。また、断層中の酸化グラフェンの摩擦メカニズムは、酸化グラフェンの表面に結合したヒドロキシ基(注13)と層間水の水素結合相互作用が考えられます。さらにナノシートが鉱物粒子の間に入り込み、摩擦抵抗を減らすことが考えられます。酸化グラフェンの形成プロセスは、酸化グラフェンが完全に単層であることを考慮すると、有機物由来のアモルファスカーボンが断層運動によりトライボケミカル反応を引き起こした可能性があります。


今後の展開

今回、酸化グラフェンは内陸地震断層で発見されました。これまで断層内の炭素は、プレート境界でも報告されており、プレートの沈み込みに伴ってグラファイト化すると考えられています。アモルファスカーボンからグラファイトに変化するプロセスにおいて、酸化グラフェンはトライボケミカル反応によって生成される可能性があります。今後は、沈み込み帯の炭素をより詳しく分析し、固着―非固着の遷移領域(注14)やスロー地震(注15)との関連性を調べてみると面白いかもしれません。今後、酸化グラフェンを使用して、断層運動を模擬した摩擦の実験を行い、摩擦メカニズムや形成についてさらに調べる必要があります。これらの研究は、酸化グラフェンなどの炭素が広範なフィールドで地震活動に影響を与えるのかを知る手掛かりになります。また、酸化グラフェンを資源掘削や産業で利用する際に、環境負荷や誘発地震のリスクの理解にもつながることが期待されます。



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図1. (上)跡津川断層系の地質図。(左下)跡津川断層系に沿った地震の震源分布図。(右下)石英、グラファイト、酸化グラフェンの摩擦係数の比較。


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図2. 酸化グラフェンの透過型電子顕微鏡の画像(抜粋)。(左)断層ガウジの亀裂を垂直断面で観察(左側のより暗い部分は石英や粘土鉱物、右側は亀裂に充填した酸化グラフェンを含む炭質物)、挿入図はスポット7のSAEDパターン。(右)HRTEM像で観察された酸化グラフェンのナノ粒子、右の3つの挿入図はFFTパターン。


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図3. 本研究の概要



謝辞

本研究は日本学術振興会(JSPS)の3件の科研費「断層中の酸化グラフェン」(JP25KJ0633)、「破壊実験と断層調査から解明する地震のエネルギー散逸過程」(JP24K00724)、「沈み込み帯のCO2流体の発生とマントル炭酸塩化の実態」(JP22H04932)、「超塩基性岩へのCO2流体侵入による不均質構造の形成と力学応答」(JP26K21718)の支援を受けて実施されました。本論文は「東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受け、Open Accessとなっています。試料採取や分析へのご協力、関連の画像・スケッチの転載許可、公表許可をいただいた大学関係者、出版社、鉱山会社の皆様に心より感謝申し上げます。



用語説明

注1. 酸化グラフェン:炭素原子が六角形層状の結晶構造を持つ物質であるグラフェンに、ヒドロキシ基(注13)などの酸素含有官能基が結合した物質である。
注2. 単層ナノシート:厚さがナノメートル(nm)レベルかつ横方向の長さが厚さの数倍から数千倍の大きさを持つ2次元物質である。
注3. 摩擦係数:物体の滑りにくさを表す数値で、滑る面に垂直にかかる力と水平に滑る力の比(μ=0~1の範囲)で表される。一般的な岩石ではその比がμ=0.6程度である。
注4. 粘土鉱物:いわゆる粘土を構成する鉱物で、層状珪酸塩鉱物である。ヌルヌルと滑りやすい特徴を持つ。
注5. グラファイト:炭素原子が六角形のハニカムのように結合したシート状の結晶構造を持つ物質で、黒鉛と呼ばれる。鉛筆の芯のように層と層の間で剥がれてツルツルと滑りやすい特徴を持つ。
注6. アモルファスカーボン:炭素原子が結晶構造を持たず、ダイヤモンド(sp3)とグラファイト(sp2)の構造が混在して、不規則に結合している物質である。
注7. トライボケミカル反応:物質が摩擦や摩耗する際に、その接触部付近で生じる化学反応である。
注8. クリープ:活断層が地震を伴わずに長時間かけてゆっくりとズレ動く現象である。断層面に含まれる粘土鉱物や水が潤滑剤の役割を果たし、摩擦が小さくなることで発生するとされる。跡津川断層以外にも、米国カリフォルニア州のサンアンドレアス断層の一部の地域等がその一例である。
注9. ラマン分光法:レーザー光線を物質に照射し、そこから散乱した「ラマン散乱光」の波長や強度の変化を分析する手法であり、非破壊・非接触で物質の構造解析を行うことができる。
注10. X線光電子分光法(XPS):試料表面に弱いX線を照射し、光電効果によって放出される光電子のエネルギーを測定して、物質表面の元素組成や化学結合状態を分析する手法である。
注11. 透過型電子顕微鏡(TEM):高速の電子線を極薄の物質に照射し、透過した電子線を利用して、原子レベルの構造を観察できる高分解能な顕微鏡である。
注12. 断層ガウジ:断層運動による摩擦で岩石が細かく粉砕され、断層の滑り面に沿って帯状に粘土化した物質である。
注13. ヒドロキシ基:有機化学の構造式"―OH"と表される官能基である。
注14. 固着―非固着の遷移領域:断層面において、普段は固着して地震時にすべる「固着域(アスペリティー)」と、普段からゆっくりとすべり続ける「非固着域(クリープ域)」がある。両者の中間的な領域で、スロー地震が発生する場所であるとされている。
注15. スロー地震:一般的な地震は断層面が急激にすべることで、岩盤に蓄積されたひずみエネルギーが一挙に解放されて地震の揺れとして観測できる現象である。一方、スロー地震は断層面がゆっくりすべるために、蓄積されたひずみエネルギーが徐々に解放されるため、断層自体は相当量のすべりがあるものの、地震の揺れとして観測されない現象である。



論文情報

タイトル:Ultra-low friction graphene oxide in the Atotsugawa Fault System
著者:Tomoya Shimada1*, Hiroyuki Nagahama1, Jun Muto1, Norihiro Nakamura2, Sando Sawa1, Hiroaki Ohfuji3
1. 東北大学大学院理学研究科地学専攻 断層・地殻力学グループ
2. 東北学院大学 高等教育開発室
3. 東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
*責任著者 東北大学大学院理学研究科 大学院生 島田知弥
雑誌名:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-72239-5



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
教授 長濱裕幸(ながはま ひろゆき)
Email:hiroyuki.nagahama.c7[at]tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
大学院生 島田知弥(しまだ ともや)
Email:tomoya.shimada.s2[at]dc.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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