お知らせ

脳が報酬の「強さ」を見分ける仕組みを解明 ― 神経細胞のアクセルとブレーキのフィードバックが報酬強度を調節する―

本研究のポイント

● ショウジョウバエ脳の報酬シグナルであるドーパミン神経が糖報酬の微妙な強弱を認識するメカニズムを解明しました。

● 2種類のドーパミン受容体が、弱めの報酬にはドーパミン放出を高め、強めの報酬に対しては過剰反応を抑えることを発見しました。

● 2種の受容体はドーパミン神経自身に作用するオートレセプター(注1)として働き、報酬信号を出力段階で調節することを実証しました。

● 砂糖とアルコールの双方で同じ仕組みが働くことを示し、動物の価値判断や意思決定を支える基本原理である可能性を示しました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

私達の中にボーナスやお勤め品に敏感な人がいるように、動物も報酬があるかないかだけでなく、その強さの違いも見分けながら行動を選んでいます。しかし、脳が報酬の強弱をどのように計算し、比較しているのかは、これまで十分に分かっていませんでした。

東北大学大学院生命科学研究科の谷本拓教授らの研究グループは、ショウジョウバエの脳をモデルとして、報酬を伝えるドーパミン神経に存在する2種類のドーパミン受容体(Dop1R1とDop2R)が、報酬の強さに応じて逆向きに働くことを明らかにしました。Dop1R1は低濃度の砂糖に対する神経応答を高めて弱い報酬への働きを引き上げる一方、Dop2Rは高濃度の砂糖に対する応答を抑えて過剰な応答を防ぎ、報酬強度の幅を広げることが分かりました。さらに、これらの受容体はドーパミン神経自身が放出したドーパミンを受け取るオートレセプターとして働き、報酬信号の出力をシナプス前で調節していることも明らかになりました。また、この仕組みは砂糖だけでなくアルコール報酬にも共通して働きます。

本研究は、脳が報酬強度を読み分ける際に、同じ細胞の中でアクセルとブレーキに相当する調節を使い分けていることを示す成果です。動物が期待される価値を比較し、より適切な選択を行う仕組みの理解につながることが期待されます。

本研究成果は2026年5月4日に生物学分野の専門誌Current Biologyに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

私たち人間を含む多くの動物は、僅かな報酬の強弱を判断しながら行動を選んでいます。哺乳類でも昆虫でも、ドーパミン神経は報酬を伝える重要な役割を担いますが、神経細胞が異なる強さの報酬をどのように表現し、行動につなげているのかは大きな課題でした。


今回の取り組み

東北大学大学院生命科学研究科の谷本拓教授らの研究グループは、特定細胞の遺伝子発現を自在に操作できるショウジョウバエの脳を用いて、「報酬の強さを脳がどう読み分けるのか」という基本的な問題に取り組みました。

ショウジョウバエは、匂いなどの感覚情報と砂糖などの報酬情報を結びつけて学習する能力を持ちます。本研究では、学習後に匂いだけを提示した際の誘引の程度を「学習スコア」として定量し、報酬の知覚レベルを評価しました。

研究グループはまず、報酬を伝えるドーパミン神経(PAMドーパミン神経)の出力部位(シナプス前)に拮抗的に働く2種類のドーパミン受容体(Dop1R1とDop2R)が存在することを発見しました。そこで、これら受容体をPAMドーパミン神経だけで低下させたハエで、砂糖濃度を段階的に変えて学習させ、学習スコアの濃度依存性を測定しました。

その結果、2種類のドーパミン受容体が異なる役割を担っていることが分かりました。具体的には、哺乳類のD1受容体と機能的に相同なDop1R1は、低濃度の砂糖報酬に対する応答を増強し、弱い報酬への感度を高めていました。一方、D2受容体の相同遺伝子であるDop2Rは、高濃度の砂糖報酬に対する応答を抑え強い報酬で信号が飽和しないように働いていました。つまり、同じ神経の中で、Dop1R1がアクセル、Dop2Rがブレーキのような役割を果たしていることが示されました(図1)。

さらに、生体内カルシウムイメージングによりPAMドーパミン神経の活動を入力側と出力側で比較することで、この調節が神経細胞の終末部位(シナプス前部位)で起こることを明らかにしました。2種の受容体は、神経が自ら放出したドーパミンを受け取って働く「オートレセプター」として機能し、報酬信号が放出される「細胞の出口」の段階でその強さをきめ細かく制御していることが明らかになりました(図1)。

加えて研究グループは、Capillary feeding assay(CAFEアッセイ)を用いて、ショウジョウバエに異なる濃度のアルコールを提示し、嗜好性の経時変化を解析しました。その結果、Dop1R1は低濃度アルコールに対する嗜好性の上昇を促進し、Dop2Rは高濃度アルコールに対して初期の嗜好性の上昇を抑えていることが分かりました。砂糖とアルコールという異なる報酬で同じオートレセプターによる制御が働いたことから、この仕組みは特定の報酬に限られない、より一般的な濃度制御メカニズムである可能性が示されました。



今後の展開

本研究で明らかになったのは、脳が報酬の強さを読み分ける際に、同じ神経の中で増幅と抑制の両方を使い分けているということです。この双方向の調節は、弱い報酬を見逃さず、強い報酬では反応が飽和しないようにすることで、報酬を感じ分けられる範囲を広げていると考えられます。

この知見は、動物がどのように価値を比較し、よりよい選択を行うのかを理解する手がかりになります。今後は、他の種類の報酬や別の動物種でも同様の仕組みが働くかを検証することで、報酬処理や意思決定の進化的な共通原理に迫ることが期待されます。



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図1. 脳が報酬の強さを見分ける仕組み
ショウジョウバエの報酬神経では、Dop1R1が弱い報酬への感度を高め、Dop2Rが強い報酬への過剰な応答を抑える。2つの受容体の働き分けによって、脳は報酬の強さを読み分けていると考えられる。



謝辞

本研究は、文部科学省・日本学術振興会 科学研究費補助金(JP20H05525, JP22KK0106, JP22H04829, JP24H01217, JP25H00986)、国立研究開発法人科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114)、東北大学 新領域創成のための挑戦研究デュオ(FRiD)、2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. オートレセプター:神経細胞が自ら放出した神経伝達物質を、自分自身で受け取って活動を調節する受容体。



論文情報

タイトル:Presynaptic computation of reward intensities through the dual autoreceptor system
著者:西塔心路、平松駿、渡辺碧、呉宏揚、市之瀬敏晴、山方恒宏、谷本拓
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科、教授、谷本拓
掲載誌:Current Biology
DOI:10.1016/j.cub.2026.03.077



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科[web
教授 谷本 拓(たにもと ひろむ)
TEL: 022-217-6223
Email: hiromut[at]m.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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