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北米原産「頭が反り返った」ミジンコを日本初確認 ―プランクトンでも外来生物の広がりを示唆 ―
発表のポイント
● 2025年に実施された河川水辺の国勢調査(ダム湖版)により、北米原産の淡水性動物プランクトン、ミジンコ属の一種 Daphnia retrocurva が、愛知県の新豊根ダム(みどり湖)に分布していることが発見されました。
● 本種の確認は、原産地である北米以外からの初めての記録で、近年人間活動に伴って北米から日本に持ち込まれた可能性が示されました。
● 本発見は、継続的な水辺の生物調査が、目に見えにくい外来動物プランクトンの早期発見や生物多様性の把握に有効であることを示しました。
概要
湖やダム湖にすむミジンコ類(注1)は、植物プランクトンを食べ、魚類などに食べられることで、淡水生態系の食物網を支える重要な動物プランクトン(注2)です。近年は人間活動に伴って水域間のつながりが強まり、動物プランクトンが本来の分布域を越えて移動する事例が世界各地で報告されています。
東北大学大学院生命科学研究科の牧野渡助教、占部城太郎名誉教授らは、2025年に国土交通省が実施した「河川水辺の国勢調査(ダム湖版)」での動物プランクトン試料を解析したところ、愛知県豊根村に位置し、国が管理する(直轄)新豊根ダム(みどり湖)に、日本にはみられないユニークな形態を持つ北米原産の Daphnia retrocurva(図1) が生息していることを確認しました。本種はこれまで北米大陸北部からのみ知られており、北米以外からの初記録となります。
また、新豊根ダム湖から得られた個体群を対象に、ミトコンドリアDNA(注3)の塩基配列を解析したところ、北米産個体群とほとんど違いがなく、日本の個体群は、比較的最近何らかの人間活動に伴って北米から持ち込まれた外来個体群である可能性が高いと考えられます。
本成果は、河川・ダム湖などで継続的に行われている水辺の生物調査が、目に見えにくい微小な外来生物の発見や、淡水生態系の変化を迅速に把握する監視機能として役立つことを示しています。
本研究成果は、2026年4月28日に国際誌 Check List に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
ミジンコ属 (Daphnia) は、湖沼やダム湖などの止水域に広く生息する小型の甲殻類です。植物プランクトンなどを食べる一方で、魚類や肉食性の節足動物 (注4)に捕食されるため、淡水生態系の食物網において重要な役割を担っています。
一方、ダム湖の造成、船舶や漁業活動、放流、採水・調査活動など、人間活動によって水域間の物質や生物の移動機会は増加しています。ミジンコは乾燥や低温に強い休眠卵をつくる種も多く、泥や水、魚類、鳥類、機材などに付着して長距離を移動する可能性があります。そのため、本来の分布域を越えて新たな水域に定着する外来動物プランクトンの実態把握が重要になっています。
今回対象となった Daphnia retrocurva は、北米の湖沼に分布するミジンコ属の一種です。頭部が前方から背側に反り返るように伸びる、ユニークな「ヘルメット」状の形態を示すことがあり、分類上の重要な特徴とされています。これまで本種は北米からのみ知られており、日本を含むアジアや、北米以外の地域からの記録はありませんでした。
今回の取り組み
研究グループは、国土交通省と水資源機構等(一部の都道府県でも実施)が全国の河川・ダム湖などで実施している「河川水辺の国勢調査」の一環として、2025年10月1日に愛知県北設楽郡豊根村の新豊根ダム湖(みどり湖)で採集された動物プランクトン試料を解析しました。ダム湖の水深62メートルの湖底付近から水面までプランクトンネットを引き上げて試料を採集し、得られた試料を顕微鏡で観察したところ、在来のミジンコとは異なり、頭部が反り返ったヘルメット状の形態をもつミジンコがみつかりました(図1)。頭部の形、単眼の有無、触角の遊泳剛毛、腹部末端の爪に並ぶ棘(櫛列)の形態などが、北米に分布しているの Daphnia retrocurva の特徴と良く似ていました。
そこで、プランクトン試料から無作為に選んだ12個体について、1個体ずつDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAの3領域、すなわちCOI、12S rDNA、ND2の塩基配列を解析しました。その結果、12個体すべてで、各遺伝子領域につき1種類のハプロタイプ(注5)しか検出されず、個体間の遺伝的な違いは確認されませんでした。COI領域の塩基配列を国際塩基配列データベースと比較したところ、新豊根ダム湖の個体は北米産の Daphnia retrocurva と98%以上の高い一致率を示しました。特に、カナダ・エリー湖で採集された個体とは658塩基中1塩基しか違いがありませんでした。12S rDNA領域の塩基配列も、北米産の Daphnia retrocurvaと一致しました。
これらの形態学的特徴とDNA解析の結果から、研究グループは、新豊根ダム湖で採集されたミジンコをDaphnia retrocurva と同定しました。
今回の発見は、Daphnia retrocurva が北米以外で確認された初めての事例です(図2)。日本では19世紀末からミジンコ類の研究が行われてきましたが、本種はこれまで確認されていませんでした。また、中国、韓国、ロシア極東など近隣地域の研究でも本種は報告されていません。そのため、新豊根ダム湖の個体群は、東アジアに古くから自然分布していたものではなく、比較的最近、何らかの人間活動に伴って持ち込まれた外来種(注6)と考えられます。実際に、日本の個体と北米の個体のDNA配列にはほとんど差がなく、新豊根ダム湖の12個体からは同一のハプロタイプしか検出されませんでした。このような低い遺伝的多様性は、少数の個体または休眠卵が導入されて定着した可能性を示唆します。
新豊根ダム湖では、北米原産のオオクチバスやブルーギルなどの外来種も確認されています。ただし、Daphnia retrocurvaがどのような経路で持ち込まれたのか、またなぜ現在のところ新豊根ダム湖でのみ確認されているのかは明らかになっていません。今回の成果は、淡水生態系における外来生物の侵入が、魚類や水草などの目に見えやすい生物だけでなく、微小な動物プランクトンにも及んでいることを示しています。
今後の展開
Daphnia retrocurva では、プランクトン食魚や肉食性の節足動物などによる捕食圧や水温に応じて頭部のヘルメット状構造が発達することが知られています。新豊根ダム湖でも季節や魚類の活動によって頭部の形態変化が起きているのか、また本種にとって出会うことのなかった日本在来の捕食者に対してこの形態が防御効果をもつのかは、今後の重要な研究課題です。さらに、本種の在来動物プランクトン種に及ぼす影響や天然湖沼や他のダム湖への分布拡散についても明らかにする必要があります。
本研究は、河川やダム湖に生息する生物の分布や生息環境を継続的に把握するために国土交通省と水資源機構等(一部の都道府県でも実施)によって平成2年(1990年)から35年間にわたって実施されている「河川水辺の国勢調査」によって得られた試料を活用した成果です。今回のように、従来国内で確認されていなかった微小な外来生物の発見にもつながる定期的・広域的な生物調査データの蓄積は、外来生物の侵入や淡水生態系の変化を早期に検出し、生物多様性の保全に役立つ重要な基盤であるといえます。
図1. 愛知県新豊根ダムで発見されたDaphnia retrocurva. A)成熟個体、B, C)幼若個体、 D)後腹部突起、E)尾爪にある櫛列(赤矢印)。第二触覚の遊泳剛毛(写真Aの赤矢印)や、後腹部突起、尾爪の櫛列などの形態は、Daphnia 属の種判別に重要な形質であり、いずれもDaphnia retrocurvaの特徴を示している。
図2. Daphnia retrocurvaの分布域。本種は、これまで北米西海岸域および東海岸側の一部の地域(図中の赤枠内)でしか発見されていなかった。日本・本州の赤丸地点は新豊根ダムの位置を示す。
謝辞
本研究は(財)水源地環境センター(JP23H02548)および(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20244G01)の助成により行われました。
用語説明
注1. ミジンコ属 Daphnia:湖沼や池、ダム湖などにすむ小型の甲殻類です。植物プランクトンを食べ、魚類などの餌にもなるため、淡水生態系の食物網で重要な役割を果たします。
注2. 動物プランクトン:水中を漂って生活する小型動物の総称です。ミジンコ類、カイアシ類、ワムシ類などが含まれます。湖沼では、植物プランクトンと魚類などをつなぐ重要な存在です。
注3. ミトコンドリアDNA:細胞内の小器官であるミトコンドリアに含まれるDNAです。種の識別や個体群の由来推定に広く用いられます。本研究ではCOI、12S rDNA、ND2という3つの領域を解析しました。
注4. 肉食性の節足動物:ミジンコ類とおなじ節足動物であるノロやケンミジンコ、プランクトン生活をしている水生昆虫のフサカ幼虫は、ミジンコ等の動物プランクトンを餌としています。これら肉食性の節足動物の捕食は、プランクトン食魚による捕食とともに、ミジンコ類の大きな死亡要因になっている。
注5. ハプロタイプ:DNA配列の違いに基づいて区別される遺伝的な型のことです。本研究では、新豊根ダム湖から調べた12個体すべてで同じハプロタイプが確認されました。
注6. 外来種:非在来種、すなわち本来の分布域ではない地域に、人間活動などによって持ち込まれた生物のことです。意図的に持ち込まれる場合だけでなく、船舶、漁具、採集機材、水や泥、他の生物に付着して非意図的に持ち込まれる場合もあります。
論文情報
タイトル:First record of Daphnia retrocurva Forbes, 1882 (Crustacea, Cladocera, Daphniidae) outside its native North America (Shin Toyone Reservoir, Japan)
著者:Wataru Makino*, Jotaro Urabe
*責任著者:牧野渡 生命科学研究科流域生態分野 助教
掲載誌:Check List: the journal of biodiversity data
DOI:10.15560/22.2.402
問い合わせ先
<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科[web]
助教 牧野 渡(まきのわたる)
Email: wataru.makino.e8[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2026年5月20日