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植物ホルモン「ジャスモン酸」の新たな不活性化経路を発見 ―防御応答を終わらせる代謝の仕組みに関する長年の定説を更新―
発表のポイント
● 障害を受けた植物の防御応答を制御する植物ホルモン ジャスモン酸類(注1)の新たな不活性化経路を発見しました。
● 傷害後、主要なジャスモン酸類代謝産物として11-ヒドロキシジャスモン酸(以下、11-OH-JA)(注2)が蓄積することでジャスモン酸類が不活性化されることを新たに発見しました。
● 植物の成長と防御の両立を支える技術開発への手がかりになります。
概要
植物は、傷害を受けると植物ホルモン ジャスモン酸類を作り、防御応答を開始します。ジャスモン酸類の生体内濃度は、代謝による不活性化で厳密に制御されており、その分子機構は、植物の防御応答の開始と終了のタイミングを適切に制御する上で重要です。これまでは、ジャスモン酸類の不活化による防御応答の終了には12-ヒドロキシジャスモン酸(以下、12-OH-JA)(注3)による不活性化が関与していると考えられていました。
東北大学大学院理学研究科 上田実教授、松本幸太郎大学院生の研究グループは、北海道大学大学院農学研究院 松浦英幸教授らとの共同研究で、シロイヌナズナにおける主要な不活性化産物は、12-OH-JAではなく11-OH-JAであることを発見しました(図1)。
本成果は、長年信じられてきたジャスモン酸代謝の理解を更新するものです。本研究成果は、5月21日(英国標準時)に科学誌、Nature Communicationsのオンライン版に掲載されました。
発表内容
研究の背景
植物は移動できないため、昆虫による食害や病原菌感染、機械的な傷害に対して、体内の化学物質を使って防御応答を素早く起こします。その中心的な役割を担う植物ホルモンの一群がジャスモン酸類です。特に、ジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile)(注4)は、受容体と結合することで、防御に関わる多数の遺伝子の発現を誘導します。
一方で、防御応答は植物にとって大きなエネルギー負担となります。必要以上に長く続くと、成長や繁殖が抑えられるため、植物はジャスモン酸シグナルを開始するだけでなく、適切なタイミングで終わらせる必要があります。この「シグナルの終わらせ方」は、植物が成長と防御のバランスを取るうえで重要な仕組みです。
これまで、ジャスモン酸の不活性化は主に12位の水酸化、すなわち12-ヒドロキシジャスモン酸(以下、12-OH-JA)の生成によって進むと考えられてきました。また、ジャスモン酸酸化酵素(JOX)(注5)がジャスモン酸を12-OH-JAへ変換すると説明されてきました。しかし、植物には12-OH-JAよりも多量に蓄積する11-OH-JAという代謝物も存在しており、その生成機構は未解明でした。
今回の取り組み
本研究では、天然型の立体化学を持つ11-OH-JAを高純度に化学合成しました。11-OH-JAと12-OH-JAは構造がよく似ており、従来の分析条件では両者を明確に区別することが困難でしたが、標準物質(注6)を用いることで、11-OH-JAと12-OH-JAを明確に分離・定量できる分析条件を確立しました。
この分析法を用いて、傷害を受けたシロイヌナズナの葉におけるジャスモン酸代謝物を時間ごとに測定しました。その結果、11-OH-JAは傷害後に大きく蓄積し、傷害後300分では12-OH-JAを上回る主要な水酸化代謝産物となることが分かりました。
さらに、JOX酵素を用いた試験管内反応を行ったところ、JOX酵素がジャスモン酸を11-OH-JAへ変換し、12-OH-JAはほとんど生成しないことを確認しました。また、植物のもつJOX遺伝子を破壊した変異体では11-OH-JAの蓄積が大きく低下しました。
これらの結果から、JOX酵素は従来の説とは異なり、12-OH-JAを作るのではなく、主に11-OH-JAを作る酵素であることを明らかにしました。また、11-OH-JAはCOI1-JAZ受容体複合体(注7)を形成せず、ジャスモン酸シグナルを活性化しない不活性代謝産物であることを示しました。
遺伝子発現解析では、CYP94酵素(注8)経路が傷害後早期のジャスモン酸応答の調節に関わる一方、JOX酵素による11-OH-JA生成経路はより後期の応答制御に関与することが示唆されました(図2)。植物は複数の代謝経路を時間的に使い分けることで、防御応答の強さと持続時間を精密に制御していると考えられます。
今後の展開
本研究は、ジャスモン酸代謝に関する従来の定説を覆し、11-OH-JAを中心とする新たな不活性化経路を明らかにしたものです。この成果は、植物がどのようにして防御応答と成長のバランスを取っているのかを理解するうえで重要な知見となります。
従来、ジャスモン酸はJOX酵素により12-OH-JAへ変換されると考えられていました。本研究では、JOX酵素1〜4がジャスモン酸を主に11-OH-JAへ変換することを明らかにしました。一方、12-OH-JAは主にJA-IleがCYP94酵素群により酸化された後、加水分解されることで生じると考えられます。
今後は、病原菌感染、乾燥、塩ストレスなど異なる環境ストレス下でどのように働くのかを調べることで、植物のストレス応答制御の普遍的な仕組みの解明が期待されます。ジャスモン酸シグナルの終了機構を人為的に制御できれば、作物の防御応答を強化しつつ成長阻害を抑える新たな植物保護技術や農業応用につながる可能性があります。
図1. 本研究の概略図
図2. ジャスモン酸代謝経路の従来モデルと本研究で明らかになった新モデル。
謝辞
本研究は、JSPS KAKENHI Grant Numbers JP26K21750、JP25H01170、JP23H04880、JP23H04883、JSPS二国間交流事業 JPJSBP120269903、および文部科学省 学術変革領域研究(A)「潜在化学空間」の支援を受けて行われました。また本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。
用語説明
注1. ジャスモン酸類:植物ホルモンの一群で、傷害、昆虫食害、病原菌感染などに対する防御応答を制御します。代表的な活性型はジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile)です。
注2. 11-ヒドロキシジャスモン酸(11-OH-JA):ジャスモン酸の11位が水酸化された代謝産物です。本研究により、傷害を受けたシロイヌナズナで主要に蓄積する不活性化産物であることを明らかにしました。
注3. 12-ヒドロキシジャスモン酸(12-OH-JA):ジャスモン酸類の代謝産物の一つです。従来、ジャスモン酸の主要な不活性化産物と考えられてきましたが、本研究により、11-OH-JAとは異なる経路で生成することが示されました。
注4. ジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile):ジャスモン酸にアミノ酸のイソロイシンが結合した化合物です。COI1-JAZ受容体複合体を形成することで、ジャスモン酸応答を引き起こします。
注5. ジャスモン酸酸化酵素(JOX):ジャスモン酸を酸化する酵素群です。本研究では、JOX1〜4がジャスモン酸を選択的に11-OH-JAへ変換することを示しました。
注6. 標準物質:分析では有機合成で構造を確認した物質を目印に使い、これを標準物質と呼びます。
注7. COI1-JAZ受容体複合体:ジャスモン酸イソロイシンを認識する植物ホルモン受容体複合体です。JA-Ileが結合するとJAZ抑制因子の分解が促され、防御関連遺伝子の発現が誘導されます。
注8. CYP94酵素:シトクロムP450に属する酸化酵素群です。ジャスモン酸イソロイシンを酸化し、ジャスモン酸シグナルの抑制に関わります。
論文情報
タイトル:(3R,7S)-11-hydroxy-jasmonic acid is a major oxidative shunt product of jasmonic acid catabolism in Arabidopsis thaliana
著者:Kotaro Matsumoto, Maria Mitsui, Takuya Kaji, Naoki Kitaoka, Ruiqi Gao, Taketomo Otaki, Yuho Nishizato, Hideyuki Matsuura, Minoru Ueda*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 教授 上田 実(うえだ みのる)
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-73528-9
問い合わせ先
<研究に関すること>
東北大学大学院 理学研究科化学専攻 生命科学研究科 兼担[web]
教授 上田 実(うえだ みのる)
電話:022-795-6553
Email:minoru.ueda.d2[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2026年6月 1日