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原子核内における中間子の質量減少を世界初観測 物質の質量起源に迫る核内質量変化の直接測定
発表のポイント
● 超高密度環境である原子核内でη'中間子(注1)の質量が減少することを世界で初めて直接測定により観測しました。
● 本研究は、真空の性質変化による質量生成の仕組みに迫る成果です。
概要
東北大学先端量子ビーム科学研究センターの松村裕二助教(研究当時)らは、炭素原子核中で生成されたη'中間子の質量が、宇宙開闢直後の超高密度環境に匹敵する原子核内において減少することを世界で初めて直接測定により観測することに成功しました。この研究は、同センター村松憲仁特任教授(現:中国科学院近代物理研究所教授)、宮部学助教、時安敦史助教、清水肇名誉教授らを中心とする研究グループと大阪大学核物理研究センター橋本敏和特任研究員(現:東北大学先端量子ビーム科学研究センター助教)、石川貴嗣教授らの研究グループとの拠点間連携研究として進められました。この拠点間連携研究には、高エネルギー加速器研究機構、J-PARCセンター、東京大学、岐阜大学、京都大学、京都産業大学、南京航空航天大学、台湾中央研究院、カナダサスカチュワン大学等の研究者が参加しており、国際共同研究「LEPS2/BGOegg」として今日に至っています。本実験は、SPring-8(注2)のレーザー電子光(注3)実験施設LEPS2において、大立体角高分解能多重ガンマ線検出器として独自開発したBGOegg電磁カロリメータを使って行われました。物質の質量の大部分は量子力学的な真空の性質変化により生み出されていると考えられており、この性質変化が部分的に回復すると期待される原子核内において、本研究が観測したようにη'中間子の質量が減少するという結果は、質量生成機構を検証し理解するうえで重要な実験的証拠となります。
本研究の成果は、2026年7月27日に米国の物理専門誌「Physical Review Letters」にオンライン出版されました。
詳細な説明
研究の背景
私たちの身の回りにあるあらゆる物質は原子からできています。その原子の中心には、陽子と中性子からなる原子核があります。実は、私たちの体を含め、世の中にある物質の質量のほとんどは、この陽子と中性子が担っています。さらに陽子や中性子を詳しく調べると、それらはクォークと呼ばれる素粒子からできており、どちらも3個のクォークが集まって閉じ込められています。しかし不思議なことに、クォーク3個の質量を合計しても、陽子や中性子の質量の約1%にしかなりません(図1)。つまり、私たちの身の回りにある物質の質量の大部分は、クォークそのものの質量では説明できないのです。この質量はどこから生まれるのかという問題は、現代物理学の大きな謎の一つとなっています。
この謎を解き明かす有力な理論的説明として、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士が提唱したカイラル対称性の自発的破れ(注4)による質量生成の仕組みがあります。宇宙が誕生してすぐに起こったビッグバンの直後は、極めて高温・高密度の環境であり、クォークはほとんど質量をもたず、自由に運動していたと考えられています。その後、宇宙の膨張とともに温度が下がると、空間全体にクォークと反クォークの対が凝縮して広がり、真空の性質変化が起こります。その結果、クォークは自由に動けなくなり、あたかも大きな質量を持つ粒子のように振る舞うようになります。やがて、そのようなクォークが集まって閉じ込められることで、陽子や中性子、中間子などのハドロン粒子(注5)が作られると考えられています。
この考え方は、ハドロン粒子が持つ質量の起源を説明する現代物理学の最も重要な理論の一つですが、その仕組みを実験によって直接確かめることは、これまで困難を極めてきました。そのような検証方法の一つとして、宇宙開闢直後の高密度環境に匹敵する原子核内でハドロン粒子を作り、その質量の変化を調べる手法が広く行われています。本研究は、理論的に原子核内での質量変化が大きい可能性が指摘されているη'中間子に着目し、更に元の運動学的な情報を厳密に保つことのできる2個のガンマ線への崩壊現象を実験的に測定しました。これにより、原子核内におけるη'中間子の真の姿を直接測定することができ(図2)、既述した質量生成の仕組みに対する検証につながります。また、質量の変化量を詳しく知ることで、質量生成の理解が更に深まります。
今回の取り組み
LEPS2/BGOegg国際共同実験では、高エネルギー光子ビームを使って炭素原子核標的中でη'中間子を生成し、2個のガンマ線へ崩壊する現象から原子核内における質量変化の観測に世界で初めて成功しました。
この実験では、紫外線レーザーを大型放射光施設SPring-8の電子蓄積リングに入射し、レーザー光と8 GeVの高エネルギー電子のコンプトン散乱で得られる1.3~2.4 GeVの光子ビーム(レーザー電子光)を使用しています。この光子ビームを蓄積リング棟とは別のLEPS2実験棟まで導き、炭素原子核標的に照射しました。光子と炭素原子核の衝突では様々な反応が起こりますが、本実験では、独自開発したBGOegg電磁カロリメータを用いて標的の周囲を覆い、η'中間子が崩壊して放出される2個のガンマ線のエネルギーと方向を測定しています(図3)。
η'中間子の質量は、2個のガンマ線へ崩壊する際にエネルギーと運動量が保存することを利用して計算します(不変質量(注6))。取得した実験データを解析した結果、η'中間子が原子核外へ出てから崩壊する確率が高くなるようにη'中間子の運動量が1 GeV/cより大きい事象を選んだ場合には、核外で質量減少のないη'中間子が崩壊する事象とη'中間子が生成されていない背景事象によりγγ不変質量分布がよく説明されました。一方、η'中間子が原子核内で崩壊する確率が高くなるようにη'中間子の運動量が1 GeV/c未満である事象に限ると、γγ不変質量分布はη'中間子の核外崩壊事象と背景事象だけでは説明できなくなり、通常の質量より小さい緑色の領域で事象の超過が見られました(図4)。この事象超過は、原子核内で崩壊して質量が小さくなったη'中間子の信号であると考えられます。詳細な解析の結果、どのような評価方法で信号事象の超過の度合いを調べても統計的有意度が4σ程度以上(偶然の揺らぎである確率が0.006%程度以下)であり、η'中間子の低運動量領域を取るほど超過の割合が増えることが確認されています。また、原子核内でのη'中間子の質量減少量は57.5 MeVと求められました(図5)。
今後の展開
本研究成果は、原子核内でのハドロン粒子(η'中間子)の質量変化を電磁カロリメータによるユニークな方法で直接測定し、その質量減少を定量的に観測したものとなっています。南部陽一郎博士が提案した質量生成の仕組みを実験的に検証するための重要な成果と言えます。また、測定した質量減少量は質量生成の仕組みを理論的に理解する手がかりとなります。私たちの体や地球、宇宙を構成する物質の質量がどのように生まれたのかという根本問題の解明につながります。
図1. 陽子の質量とクォーク3個の質量和。後者は前者の約1%しかない。
図 2. η'中間子の質量を原子核内で測定する概念図。η'中間子が2個のガンマ線へ崩壊する事象をBGOeggでとらえ核内質量を直接測定する。
図3. 多重ガンマ線検出器であるBGOegg電磁カロリメータ。複数のガンマ線のエネルギーと放出方向を同時に測定でき、そのエネルギーや位置の測定精度は世界最高性能を誇る。η'中間子が崩壊して発生する2個のガンマ線を測定して崩壊前のη'中間子の質量を求める。
図4. (a) η'中間子の運動量が1GeV/c未満となる場合のγγ不変質量分布。原子核外で崩壊したη'中間子と背景事象の寄与をフィットしている。(b) 実験データとフィット結果の差。緑色で示す質量900 MeV付近で事象の超過が見られる。原子核内で質量が現象したη'中間子の信号であると考えられる。
図 5. BGOegg電磁カロリメータで測定したη'中間子の質量分布。質量減少信号にガウス分布形状を仮定した場合のフィット結果を示す。
用語説明
注1. η'(エータプライム)中間子:クォークと反クォークからできた「中間子」の一種。よく知られたπ中間子等と比べて非常に大きな質量を持ち、その質量はハドロン粒子の質量生成機構から大きな影響を受けていると考えられています。超高密度環境となる原子核の中では質量が小さくなると予想されており、その変化を調べることで、物質の質量がどのように生まれるのかという根本的な謎に迫ることができます。
注2. SPring-8:兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高エネルギーの大型放射光施設。8 GeVに加速した電子から放射光(X線)を発生させ、物質・生命・材料科学など幅広い研究に利用されます。本研究では、レーザー電子光施設LEPS2で高エネルギー光子ビームを生成し、炭素原子核標的へ照射するハドロン生成実験を行いました。
注3. レーザー電子光:高エネルギー電子にレーザー光を正面衝突させて発生させる高エネルギーのガンマ線。散乱後の反跳電子の運動量を測定することで、個々のガンマ線のエネルギーを高い精度で決定(標識化)できます。
注4. カイラル対称性の自発的破れ:2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士が提唱した考え方で、宇宙が冷えるにつれてクォークを取り巻く空間(真空)の性質がクォークと反クォーク凝縮が満ちたものへ変化する仕組みのことを言います。真空の性質が変化する際、スピンの右巻き成分と左巻き成分の間に存在する物理法則の対称性(カイラル対称性)が自発的に破れることとなり、この仕組みによって、陽子や中性子、ひいては私たちの身の回りの物質の質量の大部分が生まれたと考えられています。南部博士の自発的対称性の破れの考え方は、その後ヒッグス機構の着想にも大きな影響を与えました。
注5. ハドロン粒子:現在の冷えた宇宙ではクォークが単独で存在できないため、複数のクォークが閉じ込められて成り立っている粒子の総称。一般的には、3個のクォークが集まった陽子や中性子の仲間と、クォーク・反クォークが結びついた中間子の2つに大別されます。近年では、4個以上のクォークが集まったエキゾチック・ハドロンが見つかり、注目を浴びています。
注6. 不変質量:ある粒子が複数の粒子へ崩壊する際、エネルギーと運動量が保存することを利用して計算される元の粒子の質量。観測する人の運動状態によらず一定であることから、不変質量と呼ばれます。新しい粒子や束縛状態を探す際の重要な指標となります。
参考URL
LEPS2/BGOegg国際共同研究
URL:https://www1.lns.tohoku.ac.jp/~bgoegg/index.html
大阪大学核物理研究センターレーザー電子光実験グループ
URL:https://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/Divisions/np1-b/
論文情報
タイトル:Direct measurement of the in-medium η' mass spectrum through the γγ decay channel
著者名:
Y. Matsumura, N. Muramatsu, T.A. Hashimoto, M. Miyabe, H. Shimizu,
A.O. Tokiyasu, J.K. Ahn, W.C. Chang, J.Y. Chen, M.L. Chu, S. Daté, T. Gogami,
H. Hamano, Q.H. He, K. Hicks, T. Hiraiwa, Y. Honda, T. Hotta, Y. Inoue,
T. Ishikawa, I. Jaegle, Y. Kasamatsu, H. Katsuragawa, S. Kido, R. Kobayakawa,
Y. Kon, S. Masumoto, K. Mizutani, T.Z. Mo, T. Nakamura, T. Nakano, T. Nam,
M. Niiyama, Y. Nozawa, Y. Ohashi, H. Ohnishi, T. Ohta, M. Okabe, K. Ozawa,
C. Rangacharyulu, S.Y. Ryu, Y. Sada, T. Shibukawa, R. Shirai, K. Shiraishi,
E.A. Strokovsky, Y. Sugaya, M. Sumihama, S. Suzuki, S. Tanaka, Y. Taniguchi,
N. Tomida, Y. Tsuchikawa, T. Ueda, T.F. Wang, H. Yamazaki, R. Yamazaki,
Y. Yanai, T. Yorita, C. Yoshida, and M. Yosoi (LEPS2/BGOegg collaboration)
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/x414-n6g9
問い合わせ先
東北大学先端量子ビーム科学研究センター
助教 宮部 学(みやべ まなぶ)
TEL:022-743-3435
Email:miyabe[at]raris.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2026年9月11日