● 重いハイパー核※1のフッ素19ラムダハイパー核(19ΛF)の励起準位構造※2の一部を明らかにすることに、世界で初めて成功しました。
● その構造は、理論計算による予想とよく一致し、我々のラムダ粒子※1・核子の間の核力の知識が正しく、それによって重いハイパー核の構造も理解できることが分かりました。
● 今後、より重いハイパー核の構造を調べることで、ラムダ粒子が存在する可能性のある中性子星の内部構造を解明することにつながることが期待されます。
J-PARCハドロン実験施設で行われた実験で、重いハイパー核であるフッ素19ラムダハイパー核(19ΛF)の励起状態※3を生成し、その脱励起過程をガンマ線分光により精密に測定し、フッ素19ラムダハイパー核の励起準位構造の一部を明らかにしました。
ハイパー核に含まれるラムダ粒子と原子核表面の核子(陽子・中性子)のスピンの向きの違いによって、ハイパー核の基底状態のエネルギーは2つに分かれます。そのエネルギー差は、ラムダ粒子と核子の間に働く核力のスピンに依存する部分の強さによります。今回の実験で、このエネルギー差を19ΛFについて精度よく測定しました。この測定結果は、我々が以前に測定した軽いハイパー核(ヘリウム4ラムダハイパー核(4ΛHe)やリチウム7ラムダハイパー核(7ΛLi))の同様のエネルギー差とともに、理論計算の予想値とよく一致していました。これは、これまでに得られた核力の知識から、軽いハイパー核だけでなく重いハイパー核の構造も充分に理解しうることを示しています。
中性子星の内部は、強い重力で原子核を圧縮したような物質でできており、そこはラムダ粒子が天然に存在している可能性が指摘されています。しかし、高密度の原子核中でのラムダ粒子の振舞いがよく分かっていないために、本当にラムダ粒子が中性子星内部に存在しているかどうかは謎のままです。今回のような研究をさらに進め、より重いハイパー核の構造を精密に調べて、ラムダ粒子が核内で受ける力が周囲の密度(原子核の大きさや状態によって変わる)によってどう変化するかを詳しく知ることによって、この未解決問題に決着をつけ、中性子星の内部構造を解明するとともに、中性子星がどの程度ブラックホールになりやすいかを知ることができると期待されています。
本研究の成果は、物理学の国際的な専門誌である「Physical Review Letters」に掲載されました(米国時間の3月29日付)。
陽子や中性子は、核力とよばれる引力で互いに結びついて原子核を形成しますが、核力の性質には謎が多く、なぜ原子核が存在できるのかという重要な問いに私たちは完全には答えることができません。原子核にラムダ粒子(陽子・中性子に似た別の粒子)を入れた「ハイパー核」を人工的に作り、これらの粒子の間に働く力が通常の核力とどう異なるのかを調べることで、我々の身近な世界を満たす物質の進化を探る上で重要な鍵となる核力の謎が解明できると期待されています。さらに、いまだ謎に包まれている超高密度天体「中性子星」の内部を解明するためにも、ハイパー核の研究は不可欠です。中性子星の内部にはラムダ粒子が存在していると推測されていますが、それが本当かどうかを解明するためには、原子核内部でのラムダ粒子のふるまいを正確に知る必要があるためです。
本実験で使用したガンマ線分光法は、ビームを用いて原子核の励起状態を作り出し、そこから放出されるガンマ線をスペクトル分析するもので、多くの原子核の構造を調べる手段として使われてきました。東北大学がJ-PARCでの実験のために開発・製作したゲルマニウム(Ge)検出器群「Hyperball-J」は、J-PARCのように大強度のビームに伴う強烈なバックグランドがある環境でもガンマ線のエネルギーを数keVの高い分解能で測定可能で、ガンマ線分光法によってハイパー核の精密構造を研究できる世界で唯一の装置です。
2015年4月には、ヘリウム4ハイパー核(4ΛHe)を生成してそのガンマ線を測定することで、本来ほとんど同じはずのヘリウム4ハイパー核(4ΛHe)と水素4ハイパー核(4ΛH)の質量の間に予想外に大きな違いを発見しました。(プレスリリース「J-PARCハドロン実験施設で"奇妙な粒子"が原子核の荷電対称性を破る現象を発見」)。今回の実験は同じ装置を用い、同年6月に行われた実験の成果です。
東北大・ソウル大・KEK・JAEAなど12研究機関からなる国際共同実験グループ(J-PARC E13)※は、J-PARCハドロン実験施設※4でラムダハイパー核が放出するガンマ線を精密に測定してそのハイパー核の詳細な構造を調べる実験を行いました。
K-中間子のビームをフッ素原子核(19F; 陽子9個、中性子10個からなる原子核)に照射して、フッ素19ラムダハイパー核(19ΛF)(陽子9個、中性子9個、ラムダ粒子1個からなる原子核)の様々な励起状態を作りました。これらの励起状態が基底状態に変化するときに放出されるガンマ線を、Hyperball-Jと呼ばれるゲルマニウム(Ge)検出器群で精度よく測定しました。(実験の原理を図1に、実験装置を図2に示します。)
その結果、図3.1のようなガンマ線のエネルギースペクトルを得て、フッ素19ラムダハイパー核が放出した4種類のガンマ線を観測しました。それらのエネルギーから、このハイパー核が図3.2のような準位図を持つことが明らかになりました。特に、一番エネルギーの低い励起状態は、基底状態よりも316keVだけエネルギーが高いことがわかりました。図3.2のイラストにあるように、ハイパー核の中心部分に存在するラムダ粒子と、核の表面を回っている2個の核子(陽子・中性子1個ずつがスピンの揃った状態で回っている)との間で、スピンの向きが揃ったものがこの励起状態、スピンの向きが逆向きになったものが基底状態(両者の状態を合わせて"二重項"と呼びます)であることから、ラムダ粒子と核子の間の核力が、両者のスピンの向きによってどう変わるかが明らかになりました。
このハイパー核の構造については、梅谷篤史氏(日本工業大学准教授)と元場俊雄氏(元大阪電通大学教授)の殻模型理論による計算などによって実験前に予想されていましたが、今回測定された二重項のエネルギー差は、理論予想とよく一致しました。以前にも我々は、図3.3に示すヘリウム4ラムダハイパー核(4ΛHe)、リチウム7ラムダハイパー核(7ΛLi)から放出されるガンマ線を測り、ラムダ粒子と核表面核子のスピンの向きが異なる二重項のエネルギー差を測定しました。原子核が大きくなると、核表面の核子と核中心のラムダ粒子の距離が遠くなるため、及ぼしあう力が小さくなって二重項のエネルギー間隔も小さくなると考えられます。理論的に予想されていたラムダ粒子・核子間の核力を仮定して、ハイパー核の構造計算を行うと、ヘリウム4、リチウム7ラムダハイパー核の二重項間隔が説明できることがわかっていましたが、今回、フッ素19ラムダハイパー核の二重項間隔についてもこの計算で同時に実験値を再現することが分かりました。これは、ラムダ粒子・核子の間の核力を我々が正しく理解したことと、ハイパー核構造の理論計算法が信頼できることを示しています。通常の原子核であっても、核力に基づく構造計算によって軽い核から重い核までのデータを同時に再現させることは困難であることを考えると、これは大変重要な成果といえます。
※J-PARC E13 グループ
以下の研究機関に所属する総勢48人からなる国際共同実験グループ
・東北大学
・高エネルギー加速器研究機構(KEK)
・J-PARCセンター
・日本原子力研究開発機構(JAEA)
・ソウル国立大学
・大阪大学
・高麗大学
・京都大学
・ドゥブナ合同原子核研究所(JINR)
・韓国標準科学研究院(KRISS)
・岐阜大学
・北京航空航天大学
この研究成果は、ラムダハイパー核の構造を我々がよく理解できていることを示しています。その構造を理解するもととなるのは、ラムダ粒子と核子の間の核力(バリオン間相互作用)であり、これを直接調べることは大変困難ですが、ハイパー核の構造のデータからその核力を明らかにすることができたと言えます。
加速器で人工的にラムダ粒子を含むハイパー核を作ると、10-10秒の寿命で崩壊してしまいますが、高密度の中性子星の中ではラムダ粒子が安定に存在していると推測されています。これまでのハイパー核の研究成果を取り入れたバリオン間相互作用の理論模型から作られた核物質の密度と圧力の関係(状態方程式)を使うことで、中性子星の中心部ではラムダ粒子が中性子と混在していること、中性子星の物質が非常に柔らかく、その最大質量は太陽の1.5倍程度と推定されました。しかし、2010年以降、太陽のほぼ2倍の質量を持つ中性子星が2例も発見されて矛盾が明らかになり、ラムダ粒子が中性子星の中にあるのかないのか、中性子星内部の構造はどうなっているのか、が改めて問われるようになりました。これは、ラムダ粒子が通常の原子核の中で感じる力と、高密度の中性子星の中で感じる力が異なっているためと考えられています。
今回の研究をさらに進めてより重い様々なハイパー核の構造を精密に調べると、ラムダ粒子が核内で受ける力が周囲の密度(原子核の大きさや状態によって変わる)によってどう変化するかを詳しく知ることができます。そうして中性子星の内部をより高い信頼性で計算できるようになり、中性子星内部のラムダ粒子の存在量と、中性子星の内部構造やその状態方程式が解明できると期待されています。
中性子星の「硬さ」は、中性子星のブラックホールへのなりやすさ、すなわち、超新星爆発のあと中性子星ができるかブラックホールができるか、あるいは中性子星同士の合体でブラックホールができるか中性子星に留まるか、を支配しています。2017年8月に、中性子星連星の合体の際の重力波が初めて観測されましたが、こうした中性子星合体の重力波信号の波形からも中性子星の硬さがわかります。そこで、今後、実験室でハイパー核から得られる中性子星の硬さと、重力波の観測データが示す硬さとが一致するかどうかを調べることで、我々の中性子星の理解を検証することができます。
宇宙にある安定な物質は、陽子と中性子からなる原子核と電子とから成り立っています。陽子と中性子はアップ(u)クォークとダウン(d)クォークという二種類の素粒子の組み合わせでできているので、現在の宇宙の物質は、6種類あることがわかっているクォークのうち、u、dの2種類のクォークからできていることになります。しかし、ラムダ粒子には、ストレンジ(s)クォークも含まれています。ラムダ粒子がもし、安定に中性子星の中にあるとすると、現在の宇宙の物質はu、d、sの3種のクォークから成り立つ、ということになり、われわれ人類の物質観に変更を迫ることになります。いわば「ミニ中性子星」というべきハイパー核の研究が、中性子星の謎の解明と、物質観の変革に直結しているのです。
こうした研究をさらに進めるため、J-PARCのハドロン実験施設を拡張し、新たなビームラインと実験エリアを建設しようという計画が検討されています。※5
S. B. Yang, J. K. Ahn, Y. Akazawa, K. Aoki, N. Chiga, H. Ekawa, P. Evtoukhovitch, A. Feliciello, M. Fujita, S. Hasegawa, S. Hayakawa, T. Hayakawa, R. Honda, K. Hosomi, S. H. Hwang, N. Ichige, Y. Ichikawa, M. Ikeda, K. Imai, S. Ishimoto, S. Kanatsuki, S. H. Kim, S. Kinbara, K. Kobayashi,T. Koike, J. Y. Lee, K. Miwa, T. J. Moon, T. Nagae, Y. Nakada, M. Nakagawa, Y. Ogura, A. Sakaguchi, H. Sako, Y. Sasaki, S. Sato, K. Shirotori, H. Sugimura, S. Suto, S. Suzuki, T. Takahashi, H. Tamura, K. Tanida, Y. Togawa, Z. Tsamalaidze, M. Ukai, T. F. Wang, and T. O. Yamamoto (J-PARC E13 Collaboration),
" First Determination of Level Structure of an sd-Shell Hypernucleus, 19F Λ ", Physical Review Letters, 2018, (Accepted 28 February 2018)
(※1)ラムダ粒子とハイパー核
素粒子であるクォークは6種類あり、物質を形づくるもととなっている陽子と中性子は、最も軽いアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の組み合わせでできています。陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク(uud)、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォーク(udd)からなります。クォーク3つからなる陽子・中性子の仲間の粒子(バリオンとよぶ)は他にもたくさん存在することが分かっています。その一つがラムダ粒子で、3番目に軽いストレンジクォーク(s)と、アップクォーク、ダウンクォークそれぞれ1個(uds)からなるバリオンで、中性子と同様に電荷を持ちません。なお、ラムダ粒子のようにストレンジクォークを含む粒子は、「ストレンジ粒子」(直訳すれば「奇妙な粒子」)と呼ばれています。
加速器で作られたラムダ粒子は、すぐに崩壊してしまうので、地球上にある通常の物質中には存在しません。しかし、加速器で作ったラムダ粒子を原子核にいれると、陽子・中性子とともに原子核を構成することがわかっており、ラムダ粒子をふくむこのようにな原子核をハイパー核とよびます。J-PARCハドロン実験施設は、ハイパー核の研究に適した世界でも数少ない施設の一つで、国内外の研究者によって実験研究が盛んに進められています。
(※2)原子核の励起準位構造
最も簡単な水素原子では、量子力学の要請により、電子は軌道半径やエネルギーがとびとびの値をもつ特定の「軌道」のみに安定して存在できるため、とびとびのエネルギーを持つ励起状態が存在することとなります。同様に、多数の粒子が集まって(束縛して)できている原子や原子核のような粒子系は、とびとびの値をもつ様々なエネルギーの励起状態をもちます。こうした多数の励起状態(励起準位)をエネルギーの関数として示したものが励起準位構造で、その粒子系の構造(内部の粒子がどう運動しているか)を反映しています。
(※3)原子核の基底状態と励起状態
原子核内の陽子や中性子は、お互いの間に働く強い力(核力)により強く束縛されています。エネルギーの最も低い状態のときが安定した状態であり、これを基底状態といいます。原子核同士の衝突などで原子核がエネルギーをもらうとエネルギーの高い励起状態になりますが、ほとんどの原子核ではこのような状態は不安定で、その状態を長く保つことが出来ずに、極めて短い時間(およそ10-6秒以下)のうちにガンマ線としてエネルギーを放出し、元の安定した低エネルギーの基底状態に戻ります。
(※4)J-PARCハドロン実験施設
茨城県東海村にあるJ-PARCは、大強度の陽子ビームで生成する多彩な2次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核の研究や物質科学・生命科学の研究に利用されています。ハドロン実験施設では、30ギガ電子ボルトの陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やパイ中間子などの二次粒子による「ハドロンビーム」を作り、これを用いて原子核や素粒子の研究を行なっています。本実験が行われたK1.8ビームラインには、ビーム粒子と標的から放出される粒子のエネルギーを測定する世界最高性能の磁気スペクトロメータが備えられており、2015年6月に行われた今回の実験(E13)では、作られたフッ素19ラムダハイパー核(19ΛF)が生成された事象をこれらの装置によって選び出しました。
図1:ラムダハイパー核の生成とガンマ線放出の概念図。K-中間子が原子核中の中性子とぶつかり、中性子がラムダ粒子に、K-中間子がパイ中間子に変化します。ラムダ粒子が原子核中にそのまま捕まるとハイパー核になります。ハイパー核はエネルギーをもった励起状態にあることが多く、ガンマ線を放出して最もエネルギーの低い状態(基底状態)に変化します。
図2:本研究に使用した実験装置。J-PARCの加速器で加速した陽子ビームをハドロン実験施設内に導き、陽子ビームからK-中間子を作り、これをK1.8ビームラインによって実験場所まで輸送します。K-中間子はフッ素原子核を含む液体四フッ化メタンに入射し、発生するパイ中間子を超伝導電磁石SKSで分析して、ハイパー核が生成したかどうかを判別します。それと同時に、標的周りに設置したガンマ線検出器群Hyperball-Jによって、ハイパー核から放出されるガンマ線を測定します。
図3:3.1は測定されたガンマ線のエネルギースペクトルです。赤、黄、緑、青で示した4つのピークは、フッ素19ラムダハイパー核からのガンマ線で、これらのエネルギーを図に示すように精度よく測定しました。他のさまざまな測定値や理論的予測を組み合わせることによって、図3.2に示すような準位図を再構築することができました。赤、黄、緑、青で示した矢印は、それぞれ図3.1の同じ色で示したピークのガンマ線に対応しています。特に、基底状態の二重項の間隔が、赤色で示したガンマ線のエネルギーから316keVと決定されました。この二重項とは、図3.2に示すように、核の中心部分に存在するラムダ粒子と、核の表面にある陽子・中性子とのスピンの向きの違いによって生ずる2つの準位のことです。この結果を、すでに測定されている軽いハイパー核(ヘリウム4、リチウム7ラムダハイパー核)の二重項の間隔と比べたものが図3.3です。これらの重さの異なる3つのハイパー核では、ラムダ粒子と核表面の陽子・中性子の距離が異なるにもかかわらず、これら3つの二重項間隔は、梅谷・元場の理論計算などによって、同時によく再現されることがわかりました。
<研究に関すること>
国立大学法人大学 東北大学大学院理学研究科
教授 田村 裕和(たむら ひろかず)
電話:022-795-6454
E-mail:tamura[at]lambda.phys.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022−795−5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください