東北大学 大学院理学研究科・理学部

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機械学習の活用により地震に伴う大気中ラドン濃度の異常変動を客観的に検出
─地殻変動のリアルタイム検知の実現に期待─

発表のポイント

● 地震の発生を予測するため、古くから、大気中に放出されるラドンが注目されてきましたが、ラドン濃度は季節や気象条件にも依存して変化することから、正確な予測が難しいとされてきました。

● ラジオアイソトープ(以下、RI)実験施設(注1)で計測される大気中のラドン(注2)濃度変動から地震前の異常を検出しました。

● 今回の研究では、機械学習を用いることで、大気中ラドン濃度の地震に伴う異常変動を客観的に検出しました。

● 全国のRI実験施設で観測される大気中のラドン濃度を使用することで、リアルタイムでの地殻変動モニタリング技術の実現に貢献すると期待されます。

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概要

ラドンは地殻に含まれる元素のひとつで、これまで地震の発生を予測するため、大気中に放出されるラドンが注目されてきました。しかし大気中のラドン濃度は季節によって変動するため、その異常を検出するのは困難でした。

東北大学大学院理学研究科地学専攻 土谷真由(つちやまゆ)大学院生、武藤潤(むとうじゅん)教授らの研究チームは、機械学習を活用することで、地震直前の異常を客観的に評価できる方法を開発しました。

2011年東北沖地震前の8年間(2008年1月〜2011年3月)の大気中ラドン濃度変動の時系列を解析したところ、2010年から2011年にかけて、実測された大気中ラドン濃度変動と予測モデルによる差が顕著に拡大することが明らかになりました。この時期は、観測地点近くの福島県沖でスロー地震が観測されるなど、東北地方太平洋沖地震前に東西での圧縮変形が弱まり、地下から大気へとラドンが出やすくなっていた可能性が指摘されています。

本手法を用いることで、将来的には全国のRI実験施設での大気中ラドン濃度のモニタリングを通じて、リアルタイムで地殻変動を追跡・予測することができるようになると期待されます。

本成果は5月31日、科学誌Scientific Reportsに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

古くから、地震前にラドン等の放射線物質が異常に増減することが知られており、地震を予測する手法としての研究が進められてきました。これまで我々のグループでは、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)(参考文献1)や2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の前に、RI実験施設で観測される大気中のラドン濃度が異常に増加することを報告しています。また、2018年の大阪府北部地震では、大気中のラドン濃度が本震の前に異常に減少し、地震の静穏化に関係していることも報告しました(参考文献2)。一方、大気中のラドン濃度は季節や気象条件にも依存して変化することから、正確な予測が難しいとされてきました。


今回の取り組み

研究チームは、機械学習の一種であるランダムフォレスト法(注3)を行い、2011年東北沖地震前の8年間(2008年1月〜2011年3月)の大気中ラドン濃度変動の時系列を解析しました。ランダムフォレスト法は、たくさんの決定木と呼ばれる小さな予測モデルを組み合わせて、より強力な予測モデルを作る方法です。背景の物理やデータの背後にある複雑な関係性がわからなくても、各決定木がデータからパターンを見つけ出し、未来を予測する力を持っています。

そこで、福島県立医科大学のRI実験施設で観測された、大気中のラドン濃度を示す電離電流値(注4)を使って、ランダムフォレスト解析を行いました。大きな地震の発生していなかった2003年〜2008年の全データから、ランダムに選択した70%のデータを教師データとして予測モデルを作成し、その後の2008年から地震直前の2011年3月までの予測を行いました(図1)。

年月日という時間を説明変数(注5)として得られた予測モデルは、地震のない時期の大気中ラドン濃度の変動を季節変動も含めて非常によく再現しています(図2a)。このモデルを使って、地震直前期を予測すると、2010年の後半から2011年にかけて、実際の大気中ラドン濃度はランダムフォレスト法で予測される値よりも高い値を示し、なおかつ、その周期もずれている事がわかります。具体的に、実測された大気中ラドン濃度変動と予測モデルがどのくらい異なっているかを明らかにするために、両者の差を取ったものが図2bです。

さらに、相関係数(注6)を用いた定量的な評価では、2010年から2011年にかけて、実測された大気中ラドン濃度変動と予測モデルによる差が顕著に拡大することが明らかになりました。この時期は、観測地点近くの福島県沖でスロー地震が観測されるなど、東北地方太平洋沖地震前に東西での圧縮変形が弱まり、地下から大気へとラドンが出やすくなっていた可能性が指摘されています。この手法は過去の地震の解析(1995年兵庫県南部地震や2011年和歌山県北部の地震)でも同様の結果が確認され、有用性が裏付けられました。


今後の展開

東北大学大学院地学専攻 断層・地殻力学グループでは、災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の支援を受けて全国の研究機関とともに大気中ラドンモニタリングのネットワークの構築を進めています。本研究では、ランダムフォレスト法によって、季節や気象条件を考慮することなく予測モデルを構築できたことは、本手法が他地域での大気中ラドン濃度の予測にも有用であることを示します。本研究により、機械学習と全国のRI実験施設や原子力発電所などで行っている大気中のラドンモニタリングを組み合わせることで、地震の予測やリアルタイムでの地殻変動モニタリング(図3)に貢献することが期待されます。



用語説明

注1. ラジオアイソトープ実験施設:密封されていない放射性同位元素(RI)を取り扱う実験施設(RI実験施設)では、大量の空気を施設に給気し、施設から排気している。排気中に、万が一RIが混入した場合のために、排気中のRI量を常時監視している。この監視のための測定結果から、大気中のラドン濃度の変動を計測できる。
注2. ラドン:自然界に存在する化学的に不活性の放射性気体。岩石中や土壌、さらには大気、水中など、いたるところに存在する。土壌中で生成されたラドンは、一部は土壌の間隙や割れ目を通って大気へ移行し、一部は地下水へ取り込まれる。
注3. ランダムフォレスト法:教師あり学習の1つで、複数の決定木を用いて回帰や分類を行う機械学習法のモデル。
注4. 電離電流値:放射線エネルギーの作用によって生じる微小な電流のことで、電離電流値から大気中のラドン濃度に換算できる。
注5. 説明変数:ある現象や値を説明し、結果に影響を与えている要因を示す変数のこと。
注6. 相関関数:2つの変数の関係を示す係数のこと。



参考文献

1. 2021年2月19日付東北大学プレスリリース
潮汐に由来する大気中ラドン濃度の変動を検出 ~兵庫県南部地震発生前の5年間に周期的に変動~

2. 2021年4月5日付東北大学プレスリリース
大阪北部地震前の大気中ラドン濃度の減少を検出 ~本震前の地震活動静穏化が原因~



謝辞

本研究は、災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(課題番号1207, 第 2次計画THK_10, 第3次計画THK_08)の支援を受けて実施されました。また、福島県立医科大学の鈴木俊幸専門員と和歌山県立医科大学の井原勇人准教授には、電離電流値のデータを提供していただきました。



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図1. ランダムフォレスト法による時系列予測の概念図
大きな地震の発生していなかった期間の大気中ラドン濃度の時系列データから、ランダムに選択した70%のデータを教師データとして予測モデルを作成し、その後の地震直前期の予測を行う。


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図2. ランダムフォレスト法による東北沖地震前の大気中ラドン濃度変動
(a) 福島県立医科大で計測された大気中ラドン濃度変動。赤が観測された電離電流値(fA)、青がランダムフォレスト法による予測値を示す。2003年から2008年までの大きな地震のない期間を学習期間として、そのモデルを使って地震直前期(2008−2011年)をモデル化した。
(b) 観測値とランダムフォレスト法による予測モデルの差。両者の差を相関係数R2で示す。相関係数は値が大きい程モデルによる予測が正確であることを示す。東北沖地震の直前に、標準偏差をσとして、3σを上回る大きな異常が認められた。


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図3. 大気中ラドン濃度変動計測と機械学習を組み合わせた、リアルタイムでの地殻変動モニタリングの概念図。Rnはラドンを示す。



論文情報

タイトル:Detection of atmospheric radon concentration anomalies and their potential for earthquake prediction using Random Forest analysis
著者:Mayu Tsuchiya1,*, Hiroyuki Nagahama1, Jun Muto1,**,Mitsuhiro Hirano2, Yumi Yasuoka3
1 東北大学大学院理学研究科 地学専攻
2 宇都宮大学工学部
3 神戸薬科大学 放射線管理室
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 地学専攻 土谷真由(つちやまゆ)
**連絡責任者:東北大学大学院理学研究科 地学専攻(教授)武藤潤(むとうじゅん)
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-024-61887-6



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
教授 武藤 潤(むとう じゅん)
TEL:022-795-6627
Email: muto[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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